ガウス整数

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ガウス平面における格子点はガウス整数を表す。

ガウス整数(ガウスせいすう、英語: Gaussian integer)とは、実部と虚部が共に整数であるような複素数、すなわち a, b を整数として a + bi の形の複素数のことである。ここで i虚数単位を表す。ガウス整数という名前は、カール・フリードリヒ・ガウスにちなむ。ガウス自身はガウス整数のことを複素整数ドイツ語: Komplexe Ganze Zahl)と呼んだ[1]が、今日ではこの呼称は一般的ではない。

b = 0 の場合は通常の整数を表すので、通常の整数もガウス整数の一種である。区別のために、通常の整数は有理整数と呼ばれることもある。

数学的には一つ一つのガウス整数を考えるよりも、集合として全体の構造を考える方が自然である。ガウス整数全体の集合を Z[i] と表し、これをガウス整数環と呼ぶ。すなわち、

\mathbb{Z}[i]:= \{ a+bi \mid a,b \in \mathbb{Z} \}

である(ここに、Z は有理整数環、すなわち有理整数全体の集合を表す)。その名が示すように、ガウス整数環は加法と乗法について閉じており、としての構造を持つ。複素数 C部分環であるから、整域でもある。

Q を有理数体、すなわち有理数全体の集合とするとき、

\mathbb{Q}(i):= \{ a+bi \mid a,b \in \mathbb{Q} \}

ガウス数体という。ガウス整数環はガウス数体の整数環である。ガウス数体は、典型的な代数体であるところの円分体二次体の一種であるので、ガウス整数環は代数的整数論における最も基本的な対象の一つである。

ノルム[編集]

ガウス整数 α = a + bi二次方程式 x2 − 2ax + a2 + b2 = 0 の根である(よってガウス整数は代数的整数である)。この方程式のもう一つの根は abi である。これを α の共役といい、α で表す(この場合、α は α の複素共役でもある)。方程式の係数に現れる、共役との和 2a を α のトレース(英:trace、もしくはシュプール、独:Spur)、共役との積 a2 + b2 を α のノルムという。すなわち、ガウス整数のノルムとは

N(a + bi) := a2 + b2

で与えられる非負の有理整数である。この値は絶対値の平方に等しい。また、ノルムは乗法的性質を持つ。すなわち、2つのガウス整数 α, β に対して

N(αβ) = N(α) N(β)

が成り立つ。

整除性[編集]

有理整数環 Z における通常の用語と同様にして、ガウス整数環においても「倍数」などの整除性に関する用語が定義される。2つのガウス整数 α, β に対して、α = βγ を満たすガウス整数 γ が存在するとき、α は β の倍数、β は α の約数といい、β | α と表す。このとき、α は β で割り切れる、β は α を割り切るなどともいう。

1 の約数を単数という。ガウス整数環における単数は 1, −1, i, −i の4つのみであることが、ノルムの乗法的性質を用いて次のように示せる。ε = a + b i を単数としよう。定義より、εε′ = 1 を満たすガウス整数 ε′ が存在する。両辺のノルムを取り、乗法性に注意すると N(ε) N(ε′) = 1 となる。ノルムは非負の有理整数であるから、a2 + b2 = N(ε) = 1 であり、ε = 1, −1, i, −i を得る。

2つのガウス整数が同伴であるとは、その比が単数であることをいう。例えば、1 + 2 i = (2 − i) × i であるので、1 + 2 i と 2 − i は同伴である。単数は、4個の単数を約数に持ち、それ以外の任意のガウス整数は、4個の単数および自身と同伴なもの4個の計8個を約数に持つ。これを自明な約数という。

複数のガウス整数の共通の約数を公約数と呼ぶ。公約数が単数のみであるとき、それらのガウス整数たちは互いに素であるという。さて、公約数を定義したなら、最大公約数も定義したくなるが、次の注意が必要である。

  1. 複素数の間には大小関係が定義されていないので、「最大」の意味するところをはっきりさせる必要がある。
  2. 最大公約数は「一意」に存在するか。
  3. 最大公約数に期待される性質「任意の公約数は最大公約数の約数」が成り立つか。

1に対する一つの答として、「最大」とはノルムが最大と解釈すればよい。2と3についてはそれほど明らかではないが、後述するように、ガウス整数環においては素因数分解の一意性が成り立つことから、答は肯定的である。ただし、正確には最大公約数は完全に一意に決定するのではなく、同伴の違いにより4つ存在することになる(有理整数環における通常の最大公約数も、正のものと負のものの2つが存在する)。逆に言うと、素因数分解の一意性が成り立たない整数環においては、公約数や最大公約数を定義する意義があまりない。

ガウス素数[編集]

ガウス平面上のガウス素数。この模様は、床のタイル貼りやテーブルクロス織りに用いられることもある。有限の歩幅を持った人が、ガウス素数のみを踏むことによって、いくらでも遠くに行くことができるか、という問題は未解決である[2]

任意のガウス整数は、単数を用いてよいならば2つ以上のガウス整数の積として表せる。例えば 1 + 2 i = i × (2 − i) などである。しかし、単数を用いないならば、1 + 2 i は2つのガウス整数の積としては表せない。このような性質を持ち、単数ではないガウス整数をガウス素数と呼ぶ。言い換えるならば、ガウス素数 z とは、約数として8個の自明な約数(±1, ±i, ±z, ±iz)しか持たないガウス整数のことである。さらに例を挙げると、13 = (3 + 2i)(3 − 2i) であるから、13 は(通常の意味で素数であるが)ガウス素数ではない。ガウス素数と区別するために、通常の素数は有理素数と呼ばれることもある。

  • 理解の助けとするために、有理整数環 Z の場合を復習する。Z の単数は 1 と −1 のみである。これを用いずに2つの有理整数の積としては表せないような有理整数が、通常の意味での素数である。ただし、単数 1 と −1 は素数ではない。
  • 上記の性質を持つ元は、一般の環論では既約元と呼ばれ、素数の一般の概念である素元とは本来別物である(環 (数学) の項を参照)。しかし、後述するようにガウス整数環においては既約元は素元でもあるので問題はない。

ガウス素数には以下の3つのタイプがある。

  • ノルムが 2 であるもの。すなわち、1 + i, 1 − i, −1 + i, −1 − i の4つ。
  • ノルムが 4n + 1 の形の有理素数であるもの。例えば 1 + 2i, 2 − i など。
  • 4n + 3 の形の有理素数と同伴であるもの。例えば 3, 3i など。

背景には「2つの平方数の和で表せる素数は 2 と 4n + 1 の形のものに限る」というフェルマーの二平方和定理がある。例えば 5 は 12 + 22 と2つの平方数の和でかけるので、5 = (1 + 2i)(1 − 2i) のように2つのガウス素数の積に分解される。逆に、有理素数 3 はガウス整数環でも素数のままである。この状況を「3 は惰性する」と表現する。また、2 は (1 + i)(1 − i) と分解されるが、この2つのガウス素数は同伴であるので、実質1つのガウス素数の平方であると解釈できる。この状況を「2 は分岐する」と表現する。このように、ある世界では素元であったものが、より広い世界で素元のままか、またはどのように素元の積に分解されるのか、という問題は代数的整数論の主題の一つである(より正確には素元の代わりに素イデアルを考える)。

素因数分解の一意性[編集]

ガウス整数環の特筆すべき性質として、素元分解整域(一意分解環などともいう)であるという事実がある。誤解を恐れずに素朴な言葉で述べるならば、

任意のガウス整数はガウス素数の積として一意に表すことができる

ということである。ただし、この「一意」は適切に解釈されなければならず、順序を入れ替えただけの分解や、ガウス素数が同伴の違いしかないものは同一視するのである。この解釈における一意性を「順序と同伴を除いて一意」などと表現する。

例えば、5 = (1 + 2i)(1 − 2i) = (2 + i)(2 − i) は見かけ上異なる分解であるが、1 + 2i と 2 − i、1 − 2i と 2 + i がそれぞれ同伴であるので、これらは本質的に同じ分解とみなすのである。通常の素因数分解において、6 = 2 × 3 = (−3) × (−2) は区別しないのと同様である。

しばしば、素因数分解の一意性は当然成り立つことであるかのように誤解される。初等教育中等教育においては、有理整数環の素因数分解の一意性は証明なしに紹介されるし、歴史的にも長い間証明が必要なこととは認識されていなかった。しかし、例えば

\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]:= \{ a+b\sqrt{-5} \mid a,b \in \mathbb{Z} \}

においては

2 \times 3=(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})

であるので素因数分解(正確には既約元分解)の一意性が成り立たない。単数は 1, −1 のみであるので、同伴の違いでもない。そもそも、2, 3, 1 + √−5, 1 − √−5 は既約元ではあるが素元ではないので、一意性以前に素元分解ができないのである。なお、素元分解ができれば一意的であることは、素元の定義より直ちに分かる。

証明[編集]

ガウス整数環における素因数分解の一意性は、ガウスが初めて証明した。現代的には、環論の用語を用いて次のように証明するのが一般的である。

ガウス整数環はノルムに関してユークリッド整域である。一般にユークリッド整域は単項イデアル整域であり、単項イデアル整域は素元分解整域である。したがって、ガウス整数環は素元分解整域である。

以下では、なるべく環論の用語を用いずに、証明のあらすじを与える。

ステップ1(ガウス整数環がユークリッド整域であること)

ユークリッド整域とは、素朴に言えば、その中で適切な余りの出る割り算ができる整域のことである。ユークリッドの互除法が通用する整域という意味合いである。ガウス整数環はノルムに関してユークリッド整域である。すなわち、次が成り立つ。

任意のガウス整数 α, β (≠ 0) に対して α=βγ + δ かつ N(δ) < N(β) を満たすガウス整数 γ, δ が存在する。

(証明)ガウス平面において α/β に最も近いガウス整数 γ を取ると

\left| \frac{\alpha}{\beta}-\gamma \right| \le \frac{1}{\sqrt{2}}<1

(中辺は一辺の長さが 1 の正方形の対角線の長さの半分)であることから、N(α − βγ) < N(β) となるので、δ = α − βγ とおけばよい。

ステップ2(ガウス整数環が単項イデアル整域であること)

単項イデアル整域とは、任意のイデアル単項イデアルであるような整域のことであるが、ここではイデアルという用語を用いずに、対応する以下の命題を示す。

ガウス整数 α, β に対し、aα + bβ が α と β の公約数となるように、ガウス整数 ab を取ることができる。

(証明)ガウス整数の集合

J := { Aα + Bβ | AB はガウス整数 }

の中から、0 以外でノルムが最小であるものを一つ選び g = aα + bβ とおく。ステップ1 より、

α = gγ + δ かつ N(δ) < N(g)

を満たす γ と δ が取れる。

δ = α − gγ = α − (aα + bβ)γ = (1 − a)α + (bγ)β

であるから、δ は J の元である。gJ の 0 でない元のうちノルムが最小のものであったから、δ = 0 でなければならない。よって、g は α を割る。同様にして、g は β も割る。

ステップ3(既約元が素元であること)

π を先の定義によるガウス素数とする。このとき、

π が2つのガウス整数の積 αβ を割るならば、π は α と β の少なくとも一方を割る。

(証明)ステップ2 より、α と π の公約数 g = aα + bπ が取れる。π はガウス素数であるから、g は単数であるか、π と同伴であるかのどちらかである。まず、g が単数とすると、

gβ = aαβ + bπβ

であって、仮定より π は αβ を割るので π は左辺の gβ も割る。g は単数であるから、π は β を割る。次に、g が π と同伴とすると、g は α を割るから、π も α を割る。

以上でステップ3 の証明は終わりであるが、この性質を繰り返し用いる(正確には数学的帰納法を用いる)ことにより、次の性質が分かる。

ガウス素数 π が n 個のガウス整数の積 α1 α2 … αn を割るならば、π は どれかの αi を割る。

ステップ4(任意のガウス整数がガウス素数の積に一意に表せること)

(証明)まず、任意のガウス整数 α がガウス素数の積に分解できることを説明する。α が単数もしくはガウス素数ならば、するべきことは何もない。そうでなければ、自明でない約数を持つので、2つのガウス整数の積に分解される。このとき、それぞれのノルムは α のノルムよりも小さいので、分解を繰り返せば、各要素のノルムはどんどん小さくなっていき、いつかはそれ以上分解できなくなる。それが求めるガウス素数への分解である。正確に示すためには数学的帰納法を用いればよい。

最後に分解が一意的であることを示す。仮に2通りのガウス素数への分解

α1 α2 … αn = β1 β2 … βm

が等しいとすると、ステップ3 よりガウス素数 β1 はどれかの αi を割る。順序を入れ替えることにより、α1 を割ることにしてよい。両辺をそれで割ることにより

α2 … αn = β2 … βm × 単数

を得る。これを繰り返すことにより、実は2つの分解は同等であることが分かる。(証明了)

通常の割り算を考えれば、有理整数環も絶対値に関してユークリッド整域であるので、同様にして素元分解整域であることが示される。一般に、ユークリッド整域は単項イデアル整域であり、単項イデアル整域は素元分解整域であることの証明は、有理整数環やガウス整数環における証明をプロトタイプとしてほぼ同様に行える。ただし、最後のステップにおいて、有限個の既約元の積に分解されることを示すのにノルムを用いたが、一般には単項イデアル整域の性質のみで同様のことが示せる。

応用[編集]

ピタゴラス数[編集]

ここでは、ガウス整数環の素因数分解の一意性の簡単な応用例として、ピタゴラス数のうち、互いに素であるものは全て次の公式

(m^2-n^2,2mn,m^2+n^2)

で与えられることを確かめる。

(a, b, c) を原始ピタゴラス数とする。すなわち

a^2+b^2=c^2

であって a, b, c は互いに素とする。簡単に分かるように、ab は偶奇が異なり、c は奇数である。左辺を因数分解して

(a+bi)(a-bi)=c^2

を得る。ガウス素数 a + biabi は互いに素である。実際、あるガウス素数 α が両方を割り切るとすると、その和や差も割り切るので、2a と 2b を割り切る。ab は互いに素であるので、α は 2 を割り切る。α は c も割り切るので、c が奇数であることに矛盾する。したがってそのようなガウス素数 α は存在しない。

互いに素である a + biabi の積が平方数であるので、それぞれ平方数と同伴である(ここで素因数分解の一意性を用いた)。例えば a + bi = (m + ni)2 とおくと、上記の公式を得る。同伴の違いは符号の違いや ab の入れ替えを与えるのみである。実際に公式が原始ピタゴラス数を与えるためには、m, n は互いに素で偶奇が異なり、m > n である必要がある。

このアイデアは、一見して一般のフェルマー方程式

a^n+b^n=c^n

(n ≥ 3) に適用できるかのように思われる。実際、n が奇数のとき、ζ を1の原始 n 乗根とすると、左辺が一次式の積に分解されて

(a+b)(a+b\zeta)(a+b\zeta^2) \cdots (a+b\zeta^{n-1})=c^n

となる。よって、この場合は円分体の整数環

\mathbb{Z}[\zeta]:= \{ a_0+a_1 \zeta+a_2 \zeta^2+\cdots+a_{n-1}\zeta^{n-1} \mid a_i \in \mathbb{Z} \}

を考えることになる。1847年、ガブリエル・ラメはこの方針でフェルマーの最終定理を証明したと宣言した[3]。しかし、Z[ζ] で素因数分解の一意性が成り立つと(無意識に)勘違いしていたこと、単数を決定していなかったことなどから、その証明は不完全なものであった。しかし、全く意味が無かったわけではなく、クンマーデデキントらによるイデアル論の研究を刺激し、代数的整数論の発展を促したという一面がある。

4乗剰余の相互法則[編集]

ガウスがガウス整数環について研究した動機の一つは、次のような問題である。

整数 n と素数 p に対して合同式 x4n (mod p) が解を持つのはいかなる場合か。

この問題は、有理整数環の世界のみで考えるのではなく、ガウス整数環で考える方が本質的である。今日では4乗剰余の相互法則と呼ばれる公式が、一つの解答を与えている。ガウスは1828年と1832年の二度にわたって、4乗剰余に関する自身の研究をまとめた論文を刊行している。後者の論文において、ガウス整数環における既約分解の一意性を証明し、4乗剰余の相互法則を定式化した。ガウス自身は相互法則の証明を公表しなかったが、ガウスの弟子であるアイゼンシュタインが1844年に証明を公表した。アイゼンシュタインはさらに、3乗剰余の相互法則の定式化と証明を行った。4乗剰余を考える際に、Z に 1 の原始4乗根(虚数単位)を付加した環を考えることが必要であったように、3乗剰余を考えるためには、Z に 1 の原始3乗根を付加した環(今日ではアイゼンシュタイン整数環と呼ばれる)を考えることが必要である。なお、後に公表されたガウスの遺稿によると、ガウスはすでに4乗剰余の相互法則の証明を与え[4]、3乗剰余についても先鞭をつけていた[5]ことが分かる。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ 河田敬義『19世紀の数学 整数論』共立出版、1992年 ISBN 4320012771
  2. ^ Section A16 in ;Richard K. Guy, Unsolved Problems in Number Theory, 3rd edition, Springer-Verlag, 2004. (初版の日本語訳)一松信『数論における未解決問題集』シュプリンガー・フェアラーク東京、1994年、ISBN 4431705848.
  3. ^ 足立恒雄『フェルマーの大定理 整数論の源流』筑摩書房、2006年 ISBN 4480090126
  4. ^ 平松豊一『数論を学ぶ人のための相互法則入門』牧野書店、1998年 ISBN 479520120X
  5. ^ E.T. ベル著、田中勇、銀林浩訳『数学をつくった人びと』早川書房、2003年 ISBN 4150502846