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リンジー伯爵 (イングランド貴族)

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リンジー伯爵
Earl of Lindsey
アビンドン伯爵
Earl of Abingdon
紋章記述
Arms:Argent three Battering Rams fesswise in pale proper beaded armed and garnished Azure Crest:A Saracen's Head affrontée couped at the shoulders proper ducally crowned Or and charged on the chest with a Fret Azure Supporters:Dexter: a Friar habited in russet-grey with a Crutch and Rosary all proper and charged on the breast with a Fret Azure; Sinister: a Savage proper wreathed about the temples and waist with Oak Leaves Vert and likewise charged on the breast with a Fret Azure
創設時期1626年11月22日
創設者チャールズ1世
貴族イングランド貴族
初代初代伯ロバート・バーティー
現所有者14代伯リチャード・バーティー英語版
相続人ノリス男爵ヘンリー・バーティー
付随称号ノリス男爵
現況存続
邸宅ギルミンズクロフト・ハウス
旧邸宅ワイタム・アビー(Wytham Abbey)
スパニッシュプレイスマンション(Spanish Place Mansion)
モットー勇気は破城槌より強し
(Virtus Ariete Fortior)
1938年よりアビンドン伯爵を兼ねる

リンジー伯爵: Earl of Lindsey)は、イギリス貴族伯爵イングランド貴族第14代ウィロビー・ド・アーズビー男爵ロバート・バーティー1626年に叙されたことに始まって以来、バーティー家が保持する爵位。1938年以降はアビンドン伯爵と継承権者を一にする[注釈 1]式部卿職を1625年から1779年にかけて世襲した。

その歴史的経緯から、アンカスター=ケスティーヴン公爵(Duke of Ancaster and Kesteven)についても触れる。

歴史

バーティー家の勃興

初代伯ロバート・バーティー

バーティー家の貴族として歴史は、その祖リチャード・バーティー英語版(1517?-1582)が古いイングランド貴族であるウィロビー・ド・アーズビー男爵家出身の令嬢キャサリン・ウィロビー英語版(1519-1580)と結婚したことに遡る[注釈 2][1][2][3][4]。キャサリンが没すると、男爵位は夫妻の息子ペレグリン英語版(1555-1601)が継承した[5]

ペレグリンの子であるロバート・バーティー(1582-1642)海軍卿英語版を務めた廷臣で、父から男爵位を継承したのち、1626年にリンジー伯爵に昇叙した[4][6][7]。彼は式部卿を世襲するオックスフォード伯爵ド・ヴィアー家の女系子孫であったことから、第18代オックスフォード伯ヘンリー・ド・ヴィアー英語版の死去に伴って同職を世襲する権利を得た[7]。彼は清教徒革命イングランド内戦)においては騎士党派に与したのち、1642年エッジヒルの戦いで戦死したため、爵位は息子のモンタギュー英語版(1608-1666)が相続した[4][7]

2代伯モンタギューは父同様に騎士党派として行動し、ニューベリーの戦いやネイズビーの戦いに参加している[8]。また彼が後妻ブリジット・レイとの間にもうけた子ジェームズ英語版(1653-1699)はのちにアビンドン伯爵に叙されている[6][9]

公爵家としてのバーティー家

初代公ロバート・バーティー

2代伯の孫にあたる4代伯ロバート(1660-1723)ランカスター公領相を務めたほか、アン女王崩御後にはジョージ1世がイギリスに到着するまで、摂政官(Lord Justice)の一員に任ぜられている[4][6][10]。彼は1706年12月21日リンジー侯爵(Marquess of Lindsey)に陛爵したのち、1715年7月26日にはアンカスター=ケスティーヴン公爵(Duke of Ancaster and Kesteven)に叙せられて、以降5代にわたって公爵家として存続することとなる[4][11]。なお、両爵位はともにグレートブリテン貴族爵位であった[4]

しかし、彼のひ孫にあたる4代公ロバート(1756-1779)が嗣子なく夭折すると、ウィロビー・ド・アーズビー男爵位は妹プリシラ(1761-1828)ジョージアナ(1761-1838)との間で優劣がつかず停止状態 (1780年解除され、現存)となったほか、式部卿職に関しては姉妹の子孫が英国君主の代替わりごとに交代して世襲する裁定が下っている[注釈 3][3][12][13]。一方で、公爵位や侯爵位及び伯爵位は叔父のブラウンロー(1729-1809)に相続された[4][12]

その5代公ブラウンローもまた男子なく没すると、アンカスター=ケスティーヴン公爵及びリンジー侯爵は廃絶したものの、リンジー伯爵位のみは遠縁のアルベマール英語版(1744–1818)に継承された[4][12]

その後のバーティー家

9代伯アルベマール・バーティー
蔵書票に描かれたアンカスター=ケスティーヴン公爵家紋章。現在の紋章とは異なる。

9代伯アルベマールは襲爵前にスタンフォード選挙区英語版選出の庶民院議員を務めたほか、1814年以降その死までブラックネス城代英語版を務めた[6][14]なお、彼から11代伯にかけての伯爵家長男は儀礼称号としてバーティー卿(Lord Bertie)を用いたほか[注釈 4]、12代伯までの歴代当主はアイルランド貴族爵位のカレン子爵の潜在的な継承権者であった[15]。9代伯アルベマールの後は長男のジョージ英語版(1814-1877)が爵位を襲っている[4]

10代伯ジョージは「飲んだくれか狂人のどちらか」と評された人物だったが[注釈 5]、彼には子がなかったため爵位は弟のモンタギュー英語版(1815–1899)に継承された[4][16]

11代伯の子である12代伯モンタギュー英語版(1861–1938)1938年に男子なく没すると、2代伯の後妻の子孫にまで遡ってアビンドン伯爵家当主であったモンタギュー・タウンリー=バーティー英語版(1887–1963)が爵位を継いだため、以降の伯爵家当主はアビンドン伯爵を兼ねることとなった[4][9]

その後を継いだ14代伯リチャード英語版(1931-)がリンジー伯爵及びアビンドン伯爵バーティー家現当主である。

伯爵位に対するモットーは『勇気は破城槌よりも強し(Virtus Ariete Fortior)[4]

現当主の保有爵位

現当主である第14代リンジー伯爵リチャード・ヘンリー・ルパート・バーティー英語版は以下の爵位を有する[4]

一覧

リンジー伯爵(1626年)

アンカスター=ケスティーヴン公爵(1715年)

リンジー伯爵(復活;1626年)

爵位の法定推定相続人は、現当主の息子であるノリス男爵(儀礼称号)ヘンリー・マーク・ウィロビー・バーティー(1958 - )。

爵位の法定推定相続人の法定推定相続人は、ノリス卿の息子であるウィロビー・ヘンリー・コンスタンティン・セントモール・バーティー(1996 - )閣下。

脚注

註釈

  1. ^ 1938年はあくまで法令上の解釈であって、実際に継承したことが認められたのは1951年(デ・ファクト)。
  2. ^ キャサリン・ウィロビーは初代サフォーク公爵チャールズ・ブランドンの3番目の妻だったが、1545年に夫と死別したのち、1553年にリチャード・バーティーと結婚した。
  3. ^ エリザベス2世即位以降は、妹の子孫にあたるチャムリー侯爵家が式部卿を務めている。
  4. ^ 9代伯から12代伯にかけては伯爵位以外に保持する爵位がなかったため、家名を用いたバーティー卿を儀礼称号とした。
  5. ^ 同時代を生きた風刺画家ジョージ・クルックシャンクが小説家チャールズ・ディケンズに送った手紙の中で、クルックシャンクの妻が10代伯を「飲んだくれか狂人のどちらか」と評したと触れている。

出典

  1. ^ EVELYN READ (1963). MY LADY SUFFOLK. Universal Digital Library. ALFRED A. KNOPF. https://archive.org/details/myladysunfolk006427mbp 
  2. ^ Cooper, Thompson (1885). "Bertie, Richard" . In Stephen, Leslie (ed.). Dictionary of National Biography (英語). Vol. 04. London: Smith, Elder & Co. p. 407-408.
  3. ^ a b Willoughby de Eresby, Baron (E, 1313)”. www.cracroftspeerage.co.uk. 2020年3月12日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m Lindsey, Earl of (E, 1626)”. www.cracroftspeerage.co.uk. 2020年3月12日閲覧。
  5. ^ Lee, Sidney (1885). "Bertie, Peregrine" . In Stephen, Leslie (ed.). Dictionary of National Biography (英語). Vol. 04. London: Smith, Elder & Co. p. 404-407.
  6. ^ a b c d Debrett's peerage, and titles of courtesy, in which is included full information respecting the collateral branches of Peers, Privy Councillors, Lords of Session, etc. Wellesley College Library. London, Dean. (1921). p. 568. https://archive.org/details/debrettspeeraget00unse 
  7. ^ a b c Henderson, Thomas (1885). "Bertie, Robert" . In Stephen, Leslie (ed.). Dictionary of National Biography (英語). Vol. 04. London: Smith, Elder & Co. p. 408-409.
  8. ^ Henderson, Thomas (1885). "Bertie, Montague" . In Stephen, Leslie (ed.). Dictionary of National Biography (英語). Vol. 04. London: Smith, Elder & Co. p. 403-404.
  9. ^ a b Abingdon, Earl of (E, 1682)”. www.cracroftspeerage.co.uk. 2020年3月12日閲覧。
  10. ^ Watson, Paula (1983). "BERTIE, Robert II, Lord Willoughby de Eresby (1660-1723).". In Henning, B. D. (ed.). The House of Commons 1660-1690 (英語). The History of Parliament Trust. 2019年7月24日閲覧
  11. ^ Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary, eds. (1910). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Ab-Adam to Basing) (英語). Vol. 1 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press, Ltd. pp. 127–128.
  12. ^ a b c (英語) Burke's Peerage (99th edition ed.). (1949). p. 52. https://archive.org/details/burkesgenealogic1949unse/page/52 
  13. ^ Round, John Horace (1911). "Lord Great Chamberlain" . In Chisholm, Hugh (ed.). Encyclopædia Britannica (英語). Vol. 17 (11th ed.). Cambridge University Press. pp. 2–3.
  14. ^ BERTIE, Albemarle (1744-1818), of Uffington, nr. Stamford, Lincs. | History of Parliament Online”. www.historyofparliamentonline.org. 2020年3月12日閲覧。
  15. ^ Cullen, Viscount (I, 1642 - 1810)”. www.cracroftspeerage.co.uk. 2020年3月12日閲覧。
  16. ^ Dickens, Charles; House, Madeline; Storey, Graham; Tillotson, Kathleen Mary; Easson, Angus; Burgis, Nina (2002). The Letters of Charles Dickens. Oxford University Press. pp. 216. ISBN 0-19-811478-8. https://books.google.com/books?id=69G9DUjLqgIC 13 September 2007閲覧。 

関連項目