オックスフォード伯爵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

オックスフォード伯爵英語: Earl of Oxford)は、イギリス伯爵位。

1141年オーブリー・ド・ヴィアー英語版イングランド貴族爵位として叙されたのにはじまる。20代にわたって続いたが、1703年に停止(dormant)となった。

他にオックスフォードの名を関する爵位としてロバート・ハーレー1711年に叙されたグレートブリテン貴族オックスフォード伯=モーティマー伯(1853年に廃絶)。ハーバート・ヘンリー・アスキス1925年に叙された連合王国貴族オックスフォード=アスキス伯がある(2015年現在も存続)。

歴史[編集]

大侍従卿英語版オーブリー・ド・ヴィアー2世英語版(1085-1141)の息子で大侍従卿の地位を継承したオーブリー・ド・ヴィアー英語版(1115頃–1194)は、1141年7月にイングランド貴族爵位ケンブリッジ伯爵に叙せられた。しかしスコットランド王からケンブリッジはハンティンドン伯爵英語版たる自分に権利がある領地であるとの異議が唱えられたので「オックスフォード伯爵(Earl of Oxford)」に変更された[1]。以降同爵位は20代560年にわたってド・ヴィアー家に継承される[1]

ド・ヴィアー家の所領は少なく、歴史が古いのと大侍従卿を世襲する以外にはこれといった特色がない貴族だったが[2]、9代オックスフォード伯ロバート・ド・ヴィアー(1362–1392)は、リチャード2世の側近として台頭し[3]、一代限りの爵位として1385年12月1日にダブリン侯爵(イギリスではじめての侯爵位[4])、1386年10月13日にはアイルランド公爵英語版に叙せられ[1]、アイルランドの統治を任せられた(間もなく失脚)[2]。また13代オックスフォード伯ジョン・ド・ヴィアー(1442–1513)は、薔薇戦争でランカスター派の指揮官として戦った[5]

20代オックスフォード伯オーブリー・ド・ヴィアー英語版(1627–1703)の死去をもって男子継承者と証明できる人物がなくなり、爵位は停止(dormant)された。

その後、オックスフォードの名を関する爵位が2つ創設された。1つはアン女王時代のトーリー党政権の首脳だったロバート・ハーレー1711年に叙されたグレートブリテン貴族オックスフォード伯爵=モーティマー伯である。この爵位は6代続いたが、1853年に廃絶した[6]。もう1つは自由党首相を務めたハーバート・ヘンリー・アスキス1925年に叙された連合王国貴族オックスフォード=アスキス伯である。この爵位は2015年現在も存続している[7]

オックスフォード伯 (1141年)[編集]


オックスフォード伯=モーティマー伯 (1711年)[編集]

オックスフォード=アスキス伯 (1925年)[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

出典[編集]

参考文献[編集]