高橋敏郎

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高橋 敏郎
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 山形県新庄市
生年月日 (1980-07-19) 1980年7月19日(38歳)
身長
体重
178 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2002年 ドラフト7巡目
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

高橋 敏郎(たかはし としろう、1980年7月19日 - )は、山形県新庄市出身[1]の元プロ野球選手捕手)。右投右打。

来歴・人物[編集]

2002年南東北リーグ三冠王を獲得。当時全国では無名であったが、全日本大学選手権でもセカンドへの送球が1.7秒台を記録するなど、強肩強打の捕手としてプロスカウトに注目される。早くから読売ジャイアンツが注目しており、地方リーグ戦時からスカウトが熱心に通っていたが、その年のドラフト会議で東京ヤクルトスワローズが獲得した。入団当初は環境に馴染むのに苦労したが、2005年には二軍でレギュラー級の活躍を重ねた。遠投120メートルなど肩はかなり強く[1]、パンチ力もあり楽天の岩隈久志からもホームランを放っている。しかし一軍には古田敦也がいた事や怪我もあり、出場機会に恵まれなかった。

明るい性格と親しみやすいキャラクターで先輩・後輩からも愛されるムードメーカーでもあった。普段からファンを大切にしており、応援に来た少年ファンに道具をプレゼントするなどしていた。ある地方開催の試合では先輩の福川がスタメン出場したため、今日は出番が無いと思い、試合中にこっそり少年ファンたちにバッティンググローブをプレゼントしたが、終盤福川が怪我で退場したため、出場機会が回って来てしまい、慌てて少年ファンにバッティンググローブを返してもらい打席に向かったというエピソードがある。(その打席でヒットを放ち、試合後その少年ファンにバッティンググローブとバットをプレゼントした。)

気さくな性格と甘いマスクで女性ファンや子供のファンも多かったが、2006年10月2日[1]に戦力外通告を受けた。

トライアウトへの参加や米独立リーグ加入なども目指したが叶わず引退[1]。(トライアウトには引退を惜しむファンが高橋を応援に訪れるほどだった)

熟考の末、野球界からは身を引き、サラリーマンとして生きて行く決意を固める。2007年に発足したNPBセカンドキャリアサポートを受けて2007年4月に不動産会社大京リアルド(現:大京穴吹不動産)に入社[2]

2008年には、成績優秀社員として社内表彰を受ける[1]。 猛勉強の末、宅地建物取引士の資格を取得し、異色の経歴で活躍するサラリーマンとして日経新聞にも取り上げられた。 ベースボールマガジンの取材時に「サラリーマンとして活躍できているのはヤクルト時代の教育、経験が大きい」と語っている。 その後、三井不動産グループで富裕層専門の住宅を扱うレジデントファースト株式会社に入社。約4年間在籍し、現在は富裕層の資産運用コンサルなどを行う株式会社レーサムに在籍している。(不動産業界へ転職後も多くのプロ野球選手から相談を受けている)

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

  • 一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 48 (2002年 - 2006年)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 「セカンドキャリアの球人力」 『週刊ベースボール』2009年8月10日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20442-8/10、92-93頁。
  2. ^ 日本経済新聞2008年5月3日付1面の記事。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]