願徳寺

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座標: 北緯34度57分39.4秒 東経135度39分8.2秒

佛華林山 寶菩提院 願德寺
所在地 京都府京都市西京区大原野南春日町1223-2
山号 佛華林山
(佛蕐林山、仏華林山)
院号 寶菩提院
寳菩提院宝菩提院
宗旨 天台密教台密
宗派 天台宗
本尊 如意輪観世音菩薩
他に薬師如来、青不動軸、太子二歳像
創建年 天武天皇8年(679年
開山 ?
開基 持統天皇(在位 690年 – 697年
中興年 平安時代後期
1996年
中興 平忠快
正式名 仏華林山 宝菩提院 願徳寺
佛蕐林山 寶菩提院 願德寺
別称 宝菩提院願徳寺
札所等 京都洛西観音霊場
文化財 如意輪観音菩薩半跏像
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願徳寺(がんとくじ)は、京都市西京区大原野南春日町にある天台宗の寺院。山号仏華林山(ぶっかりんざん)。院号宝菩提院(ほうぼだいいん)[1]本尊国宝如意輪観音菩薩半跏像で、京都洛西観音霊場の第33番札所でもある。

歴史[編集]

この寺は、寺伝によれば持統天皇天武天皇の皇后)が夢で啓示を受け、薬師如来を本尊として679年に現在の向日市寺戸町古城(古城3-6、願徳寺菩提院跡)に創建された。一時衰退するが、東山三条宝菩提院に住した忠快平安時代後期の武士平教盛の子)がこの寺に入って中興したと伝えられる。台密の中心的な寺院として隆盛したが、応仁の乱などの兵火により一時焼失する。江戸時代に入って再興されるも往時の勢いはなく、近代に入ってさらに荒廃。

1962年には本尊の観音像などが「花の寺」として知られる勝持寺に移された。1973年には本堂と庫裏を勝持寺に隣接する現在地に移転、更に1996年には本尊などが願徳寺に戻され、34年の年月をかけてようやく再興が完了した。

文化財[編集]

  • 国宝
    • 木造菩薩半跏像(伝如意輪観音)[2]
  • 重要文化財
    • 木造薬師如来立像[3]

脚注[編集]

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  1. ^ 国宝を訪ねて・願徳寺(宝菩提院)
  2. ^ 木造菩薩半跏像〈(伝如意輪観音)/(本堂安置)〉 - 国指定文化財等データベース(文化庁)、2018年6月24日閲覧。
  3. ^ 木造薬師如来立像 - 国指定文化財等データベース(文化庁)、2018年6月24日閲覧。

外部リンク[編集]