鈴鹿市警察

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鈴鹿市警察(すずかしけいさつ)は、かつて存在した三重県鈴鹿市自治体警察

概要[編集]

1947年(昭和22年)12月に公布された旧警察法に基づき、鈴鹿市では1948年(昭和23年)2月3日に鈴鹿市公安委員として3名を任命した[1]。同年2月7日、公安委員会は会合を行い、初代警察長兼鈴鹿市警察署長に田尻礼一を任命するとともに、1949年(昭和24年)度から3か所の増設すること、当時としては最新鋭であったサイドカーや自転車を導入することを決定した[2]。従来の三重県警察部が解体され、1948年(昭和23年)3月7日に鈴鹿市警察署が設置された。発足時の鈴鹿市警察署は神戸町萱町にあり老朽化していたため、神戸地子町(現・神戸三丁目)に同年8月に木造2階建ての新庁舎が落成した[2]。同年の犯罪件数は1,053件で、検挙数は717件であった[3]

その後、本署と派出所の間に直通電話が設けられ、1950年(昭和25年)に演武場を建設するなどハード面の整備が整えられた[2]。同年には機構改革も行われ、4つの課の名称を変更、駐在所を派出所に改称した[2]。また、同年8月には連合国軍最高司令官総司令部から拳銃を貸与され、各警察官が所持した[2]

1954年(昭和29年)に新警察法が公布された[3]。これにより国家地方警察と自治体警察が廃止され、新たに都道府県警察として三重県警察本部が発足[3]鈴鹿市議会では2月の臨時議会で自治体警察制度の廃止に反対決議を行ったが、鈴鹿市警察も4月1日に三重県警察に統合され、姿を消した[3]

組織[編集]

発足時の組織は、警務課・公安課・刑事課・外勤補導課の4課が設置され、1950年(昭和25年)には総務課・捜査課・防犯課・警ら交通課にそれぞれ改称した[2]。廃止直前には総務課・捜査課・警備課・防犯課・警ら交通課の5課体制であった[3]

職員[編集]

時期 署長兼警察長(警視 警部 警部補 巡査部長 巡査 その他(書記等)
1948年3月[2] 1 1 3 12 68 3 88
1948年8月[2] 1 1 3 7 63 4 88
1954年4月 1 2 4 15 62 14 98

歴代警察長兼警察署長[編集]

警察長 階級 任期
1 田尻礼一 警視 1948年3月 - 1954年4月

派出所[編集]

発足当初は駐在所を名乗っていたが、1950年(昭和25年)に派出所へ改名された[2]。無印は発足時から存在[1]、※印は1949年(昭和24年)に増設したもの[2]

  • 江島派出所
  • 池田派出所
  • 白子派出所
  • 南若松派出所
  • 道伯派出所
  • 北若松派出所
  • 三日市派出所
  • 石薬師派出所
  • 下箕田派出所
  • 西玉垣派出所
  • 寺家派出所
  • 柳派出所
  • 国府派出所
  • 河田派出所
  • 庄野派出所
  • 甲斐派出所
  • 稲生派出所
  • 加佐登派出所
  • 野町派出所※
  • 南長太派出所※
  • 平野派出所※
  • 平田派出所※

脚注[編集]

  1. ^ a b 鈴鹿市教育委員会 編(1989):464ページ
  2. ^ a b c d e f g h i j 鈴鹿市教育委員会 編(1989):465ページ
  3. ^ a b c d e 鈴鹿市教育委員会 編(1989):466ページ

参考文献[編集]

  • 鈴鹿市教育委員会 編『鈴鹿市史 第三巻』鈴鹿市役所、1989年3月31日、722p. 全国書誌番号:90022019

関連項目[編集]