金岡祐一

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金岡 祐一(かなおか ゆういち、1928年(昭和3年)2月25日 - )は、日本の薬学者、実業家。学校法人富山国際学園理事長北海道大学名誉教授。テイカ製薬代表取締役会長。

来歴・人物[編集]

3代目金岡又左衛門(元富山相互銀行社長)の長男として、富山県上新川郡新庄町(現・富山市)で生まれる。

旧制富山高等学校から東京大学薬学科に進学する。富山高校時代の同級生には、中沖豊元富山県知事らがいた。また、薬学科3年次から、大学院生活は、姉と結婚していた金岡幸二宅に同居し世話を受けた。

文部省国立大学薬学科を増設する方針に踏み切ったため、父の反対を押切り、恩師の推薦を得て、未知の大地であった北海道に渡り、新設となった北海道大学医学部薬学科に赴任する。

同大学は旧帝国大学であるため、それなりの環境下にあるものとして赴任するも、その研究環境はソフト、ハードとも惨憺たるもので、悪戦苦闘する日々が続いた。

1959年3月 東京大学 薬学博士 学位論文の名は「ロビンソン脱水素反応による含窒素縮合環化合物の合成」[1]

そのような中、1959年(昭和34年)から1961年(昭和36年)にかけては、アメリカ国立健康研究所において留学生活を送り、帰国後は、共同研究により生体内の重要基である「チオール」や、神経伝達機構の解明などに取り組んだ。

その後、薬学部長等を歴任し帰郷。父が創設した富山女子短期大学教授に就任。

1993年(平成5年)、義兄・金岡幸二の急逝に伴い、それまで家長として幸二が担っていた第一薬品、テイカ製薬、富山国際学園の経営に携わることとなった。

現在は、第一薬品のテイカ製薬との合併、富山国際大学の学部再編等に取り組んでいる。

実弟に富山第一銀行代表取締役会長を務める金岡純二がいる。

略歴[編集]

  • 旧制富山高等学校卒業
  • 1950年(昭和25年) - 東京大学医学部薬学科卒業
  • 1954年(昭和29年) - 東京大学大学院修了、同大助手
  • 1956年(昭和31年) - 北海道大学医学部薬学科講師
  • 1957年(昭和32年) - 同大同学部助教授
  • 1966年(昭和41年) - 同大薬学部教授
  • 1987年(昭和62年) - 同大薬学部長
  • 1990年(平成2年) - 同大触媒化学研究センター長
  • 1991年(平成3年) - 北海道大学定年退官、富山女子短期大学(現・富山短期大学)教授
  • 1993年(平成5年) - 富山女子短期大学学長兼富山国際学園理事長
  • 2001年(平成13年) - 富山国際大学学長、第一薬品社長、テイカ製薬会長
  • 2009年(平成21年) - テイカ製薬代表取締役会長

栄典[編集]

著書[編集]

  • 『生殖医療と生命倫理 - 不妊の悩み、科学者たちの提言』(共著)日本学術研究財団(1999年)
  • 『メディシナルケミストリー』(共著)講談社(1998年)

外部リンク[編集]

参考文献[編集]

  • 『越中人の系譜 わが半生の記』 北日本新聞編集局(2007年)

脚注[編集]

  1. ^ 博士論部書誌データベース
  2. ^ 春の叙勲、北島三郎さんら4024人 北海道内は232人 北海道新聞 2016年4月29日