郎士元

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郎 士元(ろう しげん、727年 - 780年?)は、中国代の詩人。中山(河北省定県)の出身。は君冑。

略歴[編集]

天保十五載(756年)の進士宝応元年(762年)、渭南(陝西省)の尉となり、左拾遺、郢(えい)州(湖北省鍾祥)刺史を歴任した。

銭起とともに詩名が高く、「銭郎」とうたわれた。

今、『郎刺史詩集』一巻が残っている。

詩人として[編集]

七言律詩の作品『贈銭起秋夜宿霊台寺見寄(銭起の秋夜、霊台寺に宿して寄せられしに贈る)』がある。

贈銭起秋夜宿霊台寺見寄
石林精舎武渓東 石林(せきりん)の精舎 武渓(ぶけい)の東
夜叩禅扉謁遠公 夜に禅扉(ぜんぴ)を叩いて遠公に謁す
月在上方諸品静 月は上方に在りて諸品(しょほん)静かに
僧持半偈万縁空 僧は半偈(はんげ)を持(じ)して万縁空(むな)し
蒼苔古道行応遍 蒼苔(そうたい)の古道 行くこと応(まさ)に遍(あま)ねかるべし
落木寒泉聴不窮 落木 寒泉 聴けども窮(きわ)まらず
更憶双峰最高頂 更に憶(おも)う 双峰の最高頂
此心期与故人同 此の心 故人と同じゅうせんと期す

出典[編集]