赤富士

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

赤富士(あかふじ)とは、主に晩夏から初秋にかけての早朝に、朝陽との関係から富士山が赤く染まって見える現象をいう[1][2]。普段は系色に見える夏の富士山の山肌が系色に染まって見えることに由来する。

概要[編集]

画題[編集]

画題(図画の題材)としての赤富士は、古くから取り上げられており、数々の画家による作品が残されている。美術の世界では「朱富士(あかふじ)」という名で描かれることも多い。明和8年(1771年江戸時代中期)には文人画家鈴木芙蓉が『赤富士に昇竜龍図』を描いている。文政4年(1821年、江戸時代後期)には野呂介石が『紅玉芙蓉峰図』において赤富士を描いている[3]浮世絵師葛飾北斎天保元年(1830年)から天保5年(1834年)にかけて刊行した『富嶽三十六景』の1図「凱風快晴」で赤富士を描いており(■右列の画像参照)、この1図の通称が「赤富士」であることも一つの証であろうか、最も広く世に知られている赤富士と言える。「凱風快晴」は、世界に最もよく知られた日本人画家であると考えられる北斎の、屈指の傑作として世界が知る一図であるが所以である。なお、「凱風快晴」を「赤富士」の第2義として掲載する国語辞典もある(『大辞泉』)。

明治以降の近代日本画の分野でも、縁起物として定着した画題であり、数多くの有名無名の日本画家が様々な技法や発想で描いている。神々しくも大写しの赤富士を描いた平山郁夫の『朱冨士』は有名であるし、林武などは『赤富士』などの名で、赤々とした富士山を数多く描いている。片岡球子が好んで何枚も描いた赤富士はまた、他とは全く違う趣きで、愛すべき朱色赤色の富士を色とりどりの花々やのどかな麓の風景と共に描いているが、片岡の世界では、現実の赤富士から遠く離れて、富士の頂の純白の冠雪と原色に近い朱色の山肌が共存している。なお、片岡は「紅富士(べにふじ)」の名を含む題名で真っ赤な富士山を描いてもいるが、「紅富士」なるものは、白く化粧を施したの富士山が陽光を受けて赤く見える現象をいう[4]のであって、夏の「赤富士」とは別ものである。

季語[編集]

季語としての赤富士(あかふじ)は、季語(晩夏の季語)である[5]。分類は地理[5]。子季語や関連季語は挙げられていない。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 大辞泉
  2. ^ 大辞林』第3版
  3. ^ 須藤(2010)、p.175
  4. ^ 紅富士 眼前に赤い真冬の絶景…山梨・山中湖、毎日新聞、2016年12月24日。
  5. ^ a b 齋藤慎爾・阿久根末忠編『必携季語秀句用字用例辞典』柏書房、1997年、P.13

参考文献[編集]

  • 山下善也「描かれた富士—イメージ変遷と諸相」『富士信仰研究』第2号、岩田書院、2001年
  • 須藤茂樹「文人画に見る富士山の絵画表現」『甲斐 第121号』山梨郷土研究会、2010年

関連項目[編集]