資本資産価格モデル

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資本資産価格モデル(しほんしさんかかくモデル、: Capital Asset Pricing Model, CAPM、シーエーピーエム、キャップエム)とは、金融商品の期待収益率のクロスセクション構造を記述するモデル。1960年代ウィリアム・シャープ[1]John Lintner英語版[2]Jan Mossin英語版[3]により独立に発表された[4]

概要[編集]

CAPMによれば、金融市場における任意の金融資産 i の期待収益率(期待リターン) E[R_{i}] は次の式を満たす[5]

E[R_{i}] - r_\mathrm{f} = \beta_{i\mathrm{m}}\Big(E[R_\mathrm{m}] - r_\mathrm{f}\Big)

ここで

  • E[R_{i}] は資産の期待収益率
  • r_\mathrm{f} は安全資産の利子率
  • E[R_{\mathrm{m}}] 市場ポートフォリオと呼ばれる金融市場に存在する全てのリスクのある金融資産の時価総額加重平均ポートフォリオの期待収益率
  • 市場ポートフォリオの期待収益率と安全資産の利子率の差 E[R_\mathrm{m}] - r_\mathrm{f}マーケットリスクプレミアムと呼ばれる。
  • \beta_{i\mathrm{m}} はマーケットリスクプレミアムに対する資産 iリスクプレミアムの感応度であり、\beta_{i\mathrm{m}} = \mathrm{Cov}(R_i,R_\mathrm{m}) / \mathrm{Var}(R_\mathrm{m}) を満たす。ただし、\mathrm{Cov}(R_i,R_\mathrm{m}) は資産 i の収益率 R_{i} と市場ポートフォリオの収益率 R_\mathrm{m}共分散で、\mathrm{Var}(R_\mathrm{m}) は市場ポートフォリオの収益率の分散である。この \beta_{i\mathrm{m}} のことを資産 iベータ(: beta)と呼ぶ。

この式の導出については、CAPMの導出を参照。CAPMの下では全ての金融資産のリスクプレミアムが共通ファクターである市場ポートフォリオのリスクプレミアムと、それに対する各資産固有の感応度であるベータの積で表されることから、金融商品の期待収益率のクロスセクション構造が完全に決定されている。CAPMにより理論上のリスクプレミアムが評価できることから、金融資産の(CAPM上での)適正価格を導くことができ、適正な資産価格の一つの基準として利用することが出来る。

歴史[編集]

CAPMは現代ポートフォリオ理論の最大の理論的成果と言える。1952年ハリー・マーコウィッツが考案した平均分散分析(: mean-variance analysis)と呼ばれる完全市場の下でのポートフォリオ選択理論は金融経済学数理ファイナンスといったファイナンス理論の端緒となる研究であった。1950年代以前のファイナンスと言えば銀行などの金融仲介機関についての研究が主であった中でのマーコウィッツの研究はあまりに革新的で、彼がシカゴ大学からの経済学博士号を受け取るのに苦労したという逸話が残されているほどである[6]。その後、平均分散分析と期待効用最大化の関係がジェームス・トービンによって検討され[7][8]分離定理(: separation theorem)と呼ばれる任意の2種類の平均分散的に効率的なポートフォリオへの投資比率を変化させるだけで効率的フロンティアを再現できるという定理が示された。このような中で、マーコウィッツによって創始された平均分散分析に基づき、ミクロ経済学一般均衡としての理論的基礎を持ったモデルとして登場したのがCAPMである。

CAPMは学術的にも実務的にも広く受け入れられ、金融資産、特に株式の期待収益率のクロスセクション構造を記述するスタンダードモデルの一つとしての地位を獲得した。後述のように代替モデルも多数登場しているが、2015年現在において未だにCAPMで現れた概念は幅広く用いられている。実際、証券会社などの情報サービスで各社が推定した株式のベータが参照できる場合が多い。特にハリー・マーコウィッツウィリアム・シャープはこれらの資産選択理論についての貢献により1990年ノーベル経済学賞を受賞した。

理論[編集]

CAPMの導出[編集]

CAPMの導出について述べる。以下の記述は池田 (2000)とDybvig and Ross (2003)に基づく。まずCAPMが成立する為に必要な仮定として以下の4点があげられる。

  1. 全ての投資家は平均分散分析によりポートフォリオを選択する。
  2. 全ての投資家は全ての金融資産の収益率の平均と分散について同一の予想を持つ。
  3. 金融市場が完全市場である。
  4. 安全資産が存在する。

第一の仮定が成立する為には全ての金融資産の収益率の同時分布が正規分布であるか、もしくは全ての投資家の期待効用関数が2次関数の形式を取っているかのいずれか[9]と全ての投資家がリスク回避的であることが成り立たねばならない。

ここで金融市場には n 個のリスク資産と利子率 r_\mathrm{f} の安全資産、そして J 人の投資家が存在するとしよう。任意のリスク資産 i についてその収益率を R_{i} とすると、第 j 投資家の期待効用を最大化する平均分散的に効率的なリスク資産への投資比率ポートフォリオ \phi^{j}_{i},i=1,\dots,n[10]次の連立方程式の解となる。

 E[R_{i}] - r_\mathrm{f} = \lambda^{j}\Big(\mathrm{Cov}(R_{1},R_{i})\phi^{j}_{1} + \cdots + \mathrm{Cov}(R_{n},R_{i})\phi^{j}_{n}\Big) = \lambda^{j}\sum_{k=1}^n\mathrm{Cov}(R_{k},R_{i})\phi^{j}_{k},\quad i=1,\dots,n

ここで \lambda^{j} は0ではない各投資家に固有の係数である。投資家 j の初期資産を W^j とすれば、需給一致の条件から金融市場の全てのリスク資産の時価総額加重平均ポートフォリオは

 \phi^\mathrm{m}_{i} = \frac{\sum_{j=1}^{J}W^{j}\phi^{j}_{i}}{\sum_{l=1}^{n}\sum_{j=1}^{J}W^{j}\phi^{j}_{l}},\quad i=1,\dots,n

と表せる[11]。よって任意の i=1,\dots,n について

 \sum_{k=1}^n\mathrm{Cov}(R_{k},R_{i})\phi^\mathrm{m}_{k} = \frac{\sum_{j=1}^{J}W^{j}\sum_{k=1}^n\mathrm{Cov}(R_{k},R_{i})\phi^{j}_{k}}{\sum_{l=1}^{n}\sum_{j=1}^{J}W^{j}\phi^{j}_{l}} = \frac{\sum_{j=1}^{J}W^{j}/\lambda^{j}}{\sum_{l=1}^{n}\sum_{j=1}^{J}W^{j}\phi^{j}_{l}}\Big(E[R_{i}] - r_\mathrm{f}\Big)

となる。つまり任意の i について

 E[R_{i}] - r_\mathrm{f} = \lambda^\mathrm{m}\sum_{k=1}^n\mathrm{Cov}(R_{k},R_{i})\phi^\mathrm{m}_{k} = \lambda^\mathrm{m}\mathrm{Cov}(R_\mathrm{m},R_{i})

が成り立つ。ただし

\lambda^\mathrm{m} = \frac{\sum_{l=1}^{n}\sum_{j=1}^{J}W^{j}\phi^{j}_{l}}{\sum_{j=1}^{J}W^{j}/\lambda^{j}}

である。ここでマーケットリスクプレミアムは

E[R_\mathrm{m}] - r_\mathrm{f} = \sum_{i=1}^{n}\Big(E[R_{i}] - r_\mathrm{f}\Big)\phi^\mathrm{m}_{i} = \lambda^\mathrm{m}\sum_{i=1}^{n}\mathrm{Cov}(R_\mathrm{m},R_{i})\phi^\mathrm{m}_{i} = \lambda^\mathrm{m}\mathrm{Var}(R_\mathrm{m})

となる。よって

\lambda^\mathrm{m} = \frac{E[R_\mathrm{m}] - r_\mathrm{f}}{\mathrm{Var}(R_\mathrm{m})}

となる。したがって任意の i について

 E[R_{i}] - r_\mathrm{f} = \frac{\mathrm{Cov}(R_{i},R_\mathrm{m})}{\mathrm{Var}(R_\mathrm{m})}\Big(E[R_\mathrm{m}] - r_\mathrm{f}\Big) = \beta_{i\mathrm{m}}\Big(E[R_\mathrm{m}] - r_\mathrm{f}\Big)

が成立する。この式はまさしくCAPMである。

線形性[編集]

CAPMのベータには一種の線形性がある。金融資産 i=1,\dots,n について、資金を \phi_{i},i=1,\dots,n の比率で投資するポートフォリオを考える[12]。するとこのポートフォリオの収益率 R_{p} は金融資産 i の収益率を R_{i} とすれば、以下の式で表される。

 R_{p} = \sum_{i=1}^{n}R_{i}\phi_{i}

この時、CAPMが成立しているならば、このポートフォリオの期待収益率 E[R_{p}] について次のような変形が可能である。

 E[R_{p}] = \sum_{i=1}^{n}E[R_{i}]\phi_{i} = \sum_{i=1}^{n}\Big(r_\mathrm{f} + \beta_{i\mathrm{m}}\Big(E[R_\mathrm{m}] - r_\mathrm{f}\Big)\Big)\phi_{i} = r_\mathrm{f} + \beta_{p\mathrm{m}}\Big(E[R_\mathrm{m}] - r_\mathrm{f}\Big)

ただし、

 \beta_{p\mathrm{m}} = \sum_{i=1}^{n}\beta_{i\mathrm{m}}\phi_{i} = \sum_{i=1}^{n}\frac{\mathrm{Cov}(R_i,R_\mathrm{m})}{\mathrm{Var}(R_\mathrm{m})}\phi_{i} = \frac{\mathrm{Cov}(\sum_{i=1}^{n}R_i\phi_{i},R_\mathrm{m})}{\mathrm{Var}(R_\mathrm{m})} = \frac{\mathrm{Cov}(R_{p},R_\mathrm{m})}{\mathrm{Var}(R_\mathrm{m})}

である。よってまとめると

 E[R_{p}] - r_\mathrm{f} = \beta_{p\mathrm{m}}\Big(E[R_\mathrm{m}] - r_\mathrm{f}\Big),\quad \beta_{p\mathrm{m}} = \frac{\mathrm{Cov}(R_{p},R_\mathrm{m})}{\mathrm{Var}(R_\mathrm{m})} = \sum_{i=1}^{n}\beta_{i\mathrm{m}}\phi_{i}

が成り立つ。この結果は以下で述べる極めて実用的なインプリケーションを持つ。CAPMの線形性を用いれば、個別株式のベータやポートフォリオの投資比率を特定することなく、ポートフォリオ全体のパフォーマンス(ポートフォリオのリスクプレミアム)を測定することが出来る。よって投資信託などのファンドが報告している収益率実績などからそのファンド(のポートフォリオ)のベータを推定することが可能になる。つまりファンドがCAPMから逸脱した収益を上げているかどうかを限られたデータから調べることが可能になる。この観点に基づきマイケル・ジェンセン英語版ジェンセンのアルファと呼ばれる指標を用いて株式の投資信託のパフォーマンスを統計的に検証した論文を1968年に発表している[13]

シャープ・レシオ[編集]

CAPMの下でウィリアム・シャープが提案した投資の効率性を測る指標であるシャープ・レシオ英語版[14]について以下で述べるような関係が成立する。金融資産 i の収益率を R_{i} とすれば、そのシャープ・レシオ S_{i}

 S_{i} = \frac{E[R_{i}] - r_\mathrm{f}}{\sqrt{\mathrm{Var}(R_{i})}}

で定義される。この時、資産 i の収益率と市場ポートフォリオの収益率 R_\mathrm{m}相関係数 \rho_{i\mathrm{m}} は次で定義される。

 \rho_{i\mathrm{m}} = \frac{\mathrm{Cov}(R_{i},R_{\mathrm{m}})}{\sqrt{\mathrm{Var}(R_{i})\mathrm{Var}(R_{\mathrm{m}})}}

よってCAPMが成立しているならば、資産 i のシャープ・レシオについて以下の等式が成立する。

 S_{i} = \frac{E[R_{i}] - r_\mathrm{f}}{\sqrt{\mathrm{Var}(R_{i})}} = \frac{\beta_{i\mathrm{m}}}{\sqrt{\mathrm{Var}(R_{i})}}\Big(E[R_\mathrm{m}] - r_\mathrm{f}\Big) = \frac{\mathrm{Cov}(R_i,R_\mathrm{m})}{\mathrm{Var}(R_\mathrm{m})\sqrt{\mathrm{Var}(R_{i})}}\Big(E[R_\mathrm{m}] - r_\mathrm{f}\Big) = \rho_{i\mathrm{m}}\frac{E[R_\mathrm{m}] - r_\mathrm{f}}{\sqrt{\mathrm{Var}(R_{\mathrm{m}})}} = \rho_{i\mathrm{m}}S_{\mathrm{m}}

ここで、S_{\mathrm{m}} は市場ポートフォリオのシャープ・レシオである。相関係数 \rho_{i\mathrm{m}} は-1から1までの値しか取らないので、市場ポートフォリオのシャープ・レシオ(つまり市場ポートフォリオのリスクプレミアム)が正ならば個別資産のシャープ・レシオは必ず市場ポートフォリオのシャープ・レシオを下回ることが言える。リスクプレミアムの項で説明されているように、リスクプレミアムは通常、正であるので次の不等式が成り立つ。

 S_{i} \leq S_{\mathrm{m}}

CAPMの線形性と合わせて考えると、CAPMの下ではどのようなポートフォリオを考えたとしても、市場ポートフォリオよりシャープ・レシオの観点で効率的なポートフォリオは組成できないことが言える。市場ポートフォリオは時価総額加重平均ポートフォリオなので、S&P500などの時価総額加重平均型株価指数と同一視できる。よってインデックス運用と呼ばれる市場インデックス連動型の運用方針が用いられる理論的背景として、このようなシャープ・レシオによる説明が可能である。

システマティック・リスクと個別リスク[編集]

金融資産 i の収益率を R_{i} として次の変数 \epsilon_{i} を定義する。

 \epsilon_{i} = R_{i} - \Big(r_\mathrm{f} + \beta_{i\mathrm{m}}\Big(R_\mathrm{m} - r_\mathrm{f}\Big)\Big)

この時、\epsilon_{i}R_\mathrm{m} の共分散は0である。実際、

 \mathrm{Cov}(\epsilon_{i},R_\mathrm{m}) = \mathrm{Cov}(R_{i},R_\mathrm{m}) - \beta_{i\mathrm{m}}\mathrm{Var}(R_\mathrm{m}) = \mathrm{Cov}(R_{i},R_\mathrm{m}) - \frac{\mathrm{Cov}(R_i,R_\mathrm{m})}{\mathrm{Var}(R_\mathrm{m})}\mathrm{Var}(R_\mathrm{m}) = 0

となる。よって R_{i} の分散は

 \mathrm{Var}(R_{i}) = \beta_{i\mathrm{m}}^2\mathrm{Var}(R_\mathrm{m}) + \mathrm{Var}(\epsilon_{i})

と二つの要因に分割できる。右辺第1項をシステマティック・リスク(: systematic risk)と呼び、第2項を個別リスク(: idiosyncratic risk)と言う。CAPMの線形性からこの関係はポートフォリオの収益率の分散にも成り立つ。ポートフォリオが市場ポートフォリオに近づけば個別リスクは小さくなるので、分散投資の重要性についての言及はこの結果を前提としている場合が多い。

ゼロベータCAPM[編集]

CAPMには安全資産の存在が仮定されている。しかし1972年フィッシャー・ブラックは安全資産の存在を仮定しないCAPMとしてゼロベータCAPM(: zero-beta CAPM)を導出した論文を発表した[15]。ゼロベータCAPMの下で金融市場における任意の金融資産 i の期待収益率 E[R_{i}] は次の式を満たす[16]

 E[R_{i}] - r_\mathrm{z} = \beta_{i\mathrm{m}}\Big(E[R_\mathrm{m}] - r_\mathrm{z}\Big)

ここで r_\mathrm{z} はゼロベータポートフォリオと呼ばれるポートフォリオの期待収益率で、その他の変数はCAPMの定義式と同じものである。ゼロベータポートフォリオは以下のようにして作成される。まず市場ポートフォリオはリスク・リターン平面上において効率的フロンティア上にある。そこで市場ポートフォリオの点において効率的フロンティアの接線を引き、Y軸(リターン方向の軸)との交点を取る。その交点から水平線を引き、効率的フロンティアとの交点を取る。するとこの水平線と効率的フロンティアの交点上にあるポートフォリオがゼロベータポートフォリオとなる。

ゼロベータCAPMが生まれた背景としてフィッシャー・ブラックマイケル・ジェンセン英語版マイロン・ショールズによる研究[17]がある。フィッシャー・ブラックがゼロベータCAPMを導出した論文中に述べられていることだが、彼ら3人の実証研究においてCAPMの線形性が一部成立しない結果が得られた。ベータが高い株式で組まれたポートフォリオのベータは理論的な値より低くなり、逆にベータが低い株式で組まれたポートフォリオのベータは理論的な値より高くなったのである。そこでベータがゼロとなるポートフォリオ(上のゼロベータポートフォリオ)を考え、市場ポートフォリオとゼロベータポートフォリオのリスクプレミアムによる2ファクターモデルを用いて推定を行った所、結果が改善する傾向が見られた。このような実証的結果の一つの説明として、安全資産を用いた資金の貸し借りが不可能なのではないか、という推論に至ったことによる[15]

CAPMへの批判と新たな資産価格モデルの発展[編集]

実証研究においてCAPMは1970年代前半まではその成立について肯定的な結果が得られていた[13][18]。しかし1970年代後半からCAPMに対する様々な批判や問題点が提起された。それはCAPMの理論的な問題点に関するStephen Ross英語版の指摘[19]や、CAPMについての実証研究が持つ問題点に対するRichard Roll英語版の指摘[20]、そしてCAPMでは説明できないアノマリーの発見などである。

Stephen Ross英語版はCAPMが成立するための仮定が非常に限定的であるとして、新しい資産価格モデルとして裁定価格理論英語版を提案した。CAPMが成立するためには完全市場の仮定の他に、投資家の選好が平均分散分析と整合的である必要がある。つまり市場に参加している全ての投資家は平均分散分析によりポートフォリオを選択しなくてはならない。しかし、これが成立するための理論的な仮定は、全ての金融商品の収益率の同時分布が正規分布であるか、もしくは全ての投資家の期待効用関数が2次関数の形式を取ることである。それは非現実的であるので、それらの仮定に依拠しない資産価格理論として裁定価格理論を提案したのである[19]

他方、Richard Roll英語版は既存のCAPMについての実証研究が持つ問題点をいくつか提起した。特に有名なものとして、市場ポートフォリオについての批判がある。CAPMは全ての金融資産について成立するものなので、市場ポートフォリオも全ての金融資産の時価総額加重平均ポートフォリオでなくてはならない。しかし既存の実証研究は株式に対するものが主で、市場ポートフォリオも全ての株式に対する時価総額加重平均ポートフォリオが用いられてきた。その意味で株式しか考慮に入っていない市場ポートフォリオを用いた結果の妥当性を判断するのは難しい。よって市場ポートフォリオは株式以外にも債券不動産、そして人的資本への投資などを含めた時価総額加重平均ポートフォリオであるべきであるという主張になる[20]

そしてより深刻な指摘としてCAPMでは説明できないアノマリーの存在がある。このようなアノマリーの例として時価総額が小さい株式の方が高い期待リターンを得られるという小型株効果[21]や、簿価時価比率(PBR逆数)が高い割安株の方が高い期待リターンを得られるというバリュー株効果などがある[22][23][24]

そこでユージン・ファーマケネス・フレンチ英語版は米国株式市場におけるクロスセクション分析を行い、時価総額、簿価時価比率、レバレッジ比率、E/P(PERの逆数)の当時認識されていた4つのアノマリー要因は時価総額と簿価時価比率の2つに集約されることを統計的に実証した論文を1992年に発表した[25]。そしてさらにこの論文中において、時価総額と簿価時価比率でコントロールを行えば、市場ポートフォリオのリスクプレミアムが持つ個別株式のリスクプレミアムへの説明力がほとんど失われることを統計的に実証した。つまりCAPMは、少なくとも米国株式市場においては、成立していないとの結果である。当該論文の発表当時、ユージン・ファーマは効率的市場仮説の確立などで既に学術的に名声を得ており、さらにCAPMを擁護する論文[18]をかつて発表していたことから、この論文は大きなインパクトを持って受け止められた。特にフィッシャー・ブラックはファーマとフレンチの結果に対して懐疑的な視点を示している[26]。しかし、1993年にユージン・ファーマとケネス・フレンチが発表した資産価格モデルであるファーマ=フレンチの3ファクターモデル[27]はポストCAPMとしての地位を確立し、新たなスタンダードモデルとなった[28]

脚注[編集]

  1. ^ Sharpe (1964)
  2. ^ Lintner (1965)
  3. ^ Mossin (1966)
  4. ^ Jack Treynor英語版はこの3名より先行して独立にCAPMの導出に至っていたことが知られている(Treynor (1961,1962))。しかしTreynor の研究成果は学術誌で出版されなかったので、CAPMの導出についてはこの3名の業績が上げられる場合が多い。
  5. ^ 池田 (2000) 81p。
  6. ^ Handbook of the Economics of Finance 1, Preface ix.
  7. ^ Tobin (1958)
  8. ^ 池田 (2000) 54p。
  9. ^ 後者のみが成立する時に、全ての金融資産の収益率が二乗可積分であることも当然必要になる。
  10. ^ 安全資産への投資比率は 1-\sum_{i=1}^{n}\phi^{j}_{i} となる。
  11. ^ 分母がゼロとなる可能性もあるが、そのような可能性は考えないことにする。
  12. ^ \phi_{i} の総和は1とする。
  13. ^ a b Jensen (1968)
  14. ^ Sharpe (1966)
  15. ^ a b Black (1972)
  16. ^ 池田 (2000) 64p。
  17. ^ Black, Jensen and Scholes (1973)
  18. ^ a b Fama and MacBeth (1973)
  19. ^ a b Ross (1976)
  20. ^ a b Roll (1977)
  21. ^ Banz (1981)
  22. ^ Stattman (1980)
  23. ^ Rosenberg, Reid and Lanstein (1985)
  24. ^ Chan, Hamao and Lakonishok (1991)
  25. ^ Fama and French (1992)
  26. ^ Black (1993)
  27. ^ Fama and French (1993)
  28. ^ 日経ビジネスオンライン

参考文献[編集]

  • 池田昌幸『金融経済学の基礎』朝倉書店、2000年。ISBN 4254545525.
  • 日経ビジネスオンライン 「実証ファイナンス」の偉大なイノベーター、ファーマ教授 効率的市場からファーマ=フレンチ3ファクターモデルへ 竹原 均 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20131017/254717/ 2015年5月23日閲覧
  • Banz, Rolf W. "The relationship between return and market value of common stocks," Journal of Financial Economics, 9(1), 1981, pp. 3-18.
  • Black, Fischer. "Capital market equilibrium with restricted borrowing," The Journal of Business, 45(3), 1972, pp. 444-455.
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  • Black, Fischer, Michael C. Jensen, and Myron Scholes. "The capital asset pricing model: Some empirical tests," In: M. Jensen, ed., Studies in the theory of capital markets, Praeger, 1973.
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  • Treynor, Jack L. "Toward a Theory of Market Value of Risky Assets". Unpublished manuscript. 1962. Subsequently published as Chapter 2 of Korajczyk (1999).

関連項目[編集]