計根別駅

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計根別駅
けねべつ
Kenebetsu
上春別 (4.2km)
(4.2km) 開栄
所在地 北海道標津郡中標津町計根別南1条東2丁目
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 標津線
キロ程 31.9km(標茶起点)
電報略号 ケネ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1936年昭和11年)10月29日
廃止年月日 1989年平成元年)4月30日
備考 標津線廃線に伴い廃駅
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駅改札口(ホーム側より撮影) (1989年3月)
1977年の計根別駅と周囲約500m範囲。右が中標津方面。駅横の貨物積卸場から本線に沿って右へ向かっていた殖民軌道養老牛線の軌道跡は、駐車場や小道に転用されて殆んどわからなくなっているが、右端の民家の庭先に僅かながら路盤跡が確認できる。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

計根別駅(けねべつえき)は、北海道標津郡中標津町にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)標津線である。標津線の廃線とともに、廃駅となった。電報略号ケネ

駅の構造[編集]

貨物及び荷物取扱い廃止までは、国鉄型の2面3線の列車行き違い可能駅で、駅舎は北側(標茶に向かって右側)にあり、各ホームは標茶側端で線路上を横切る形で連絡していた。駅舎横の東側(中標津側)には切欠き状の貨物ホームが設けられて、貨物積降線が引込まれていた。また、島式ホームの外側線は主に貨物専用に使われ、そこから中標津側に留置線が1本伸びていた。

貨物及び荷物取扱い廃止後は、貨物用に使われていた線路が取り払われて、相対式ホーム2面2線をもつ列車行き違い可能駅になった。

さらに廃止時点では棒線化されて駅舎側ホーム1面1線となり、島式ホームの方は放置されていた。(ただし如何なる理由か不明だが貨物ホームへの引込み線は残されていた。)

1936年から1960年頃まで貨物ホーム付近に、街を反時計回りに迂回して中標津町養老牛まで伸びる殖民軌道養老牛線の停車場が設けられていた。ちなみに、標茶から計根別までの殖民軌道標茶線、中標津駅逓から計根別までの殖民軌道計根別線は計根別駅が出来るまで存在して標津線の建設にも役立ったが、標津線全線開通と共に役割を終えて廃止された。

駅名の由来[編集]

アイヌ語の「ケネ・ベッ→ケネベッ(の木・川)」からきたもの。

歴史[編集]

駅周辺[編集]

現状[編集]

  • 中標津町交流センターとなっている。

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道
標津線
上春別駅 - 計根別駅 - 開栄駅

関連項目[編集]