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藤井貞文

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
藤井 貞文
人物情報
生誕 (1906-07-04) 1906年7月4日
日本の旗 日本山口県下関市
死没 1994年6月2日(1994-06-02)(87歳没)
出身校 國學院大學
子供 藤井常世(歌人)、藤井貞和(日本文学研究者)
学問
研究分野 国学歴史学
研究機関 国立国会図書館國學院大學
学位 文学博士
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藤井 貞文(ふじい さだふみ、1906年7月4日[1] - 1994年6月12日[1])は、日本歴史学者國學院大學名誉教授。専門は、近世から近代に至る日本思想史

経歴

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山口県下関市神職の家に生れた。1924年旧制唐津中学校を卒業[1][2]國學院大學に進学し、折口信夫の門下で学んだ。1929年に国史学科卒業[3]

卒業後は維新史料編纂事務局編纂事務嘱託に採用された。維新史料編纂官補として勤務し、1938年から維新史料編纂官[4]。しかし、1942年の官制廃止にともない退職。1943年からジャカルタ医科大学教授となるが、敗戦により帰国。

復員後は、1946年から帝国図書館国立国会図書館に勤務。1951年、学位論文『明治初世に於ける国学の展開』を國學院大學に提出して文学博士号を取得[5]。1952年より國學院大學教授を務めた。1964年、国会図書館を退職。1977年には國學院大學を退職し、名誉教授となった。

家族・親族

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著作

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著書
編著

脚注

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  1. 1 2 3 木野主計「藤井貞文氏の訃(学界消息)」『日本歴史』第556号、吉川弘文館、1994年4月、140-141頁、ISSN 0386-9164
  2. 田島詣で
  3. 『國學院雜誌』第35巻第4号、國學院大學、1929年4月、93頁。
  4. 『官報』第3362号, 昭和13年3月22日, 646頁 NDLJP:2959851/8
  5. CiNii(学位論文)