芝山定豊

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芝山定豊
時代 江戸時代前期 - 中期
生誕 寛永15年4月10日1638年5月23日
死没 宝永4年5月2日1707年6月1日
官位 従二位権中納言
主君 後光明天皇後西天皇霊元天皇
氏族 芝山家
父母 父:芝山宣豊
兄弟 定豊宣助阿部房豊安倍瑞屯
養子:広豊
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芝山 定豊(しばやま さだとよ)は、江戸時代前期から中期にかけての公卿堂上家(家格は名家藤原北家高藤流勧修寺庶流)である芝山家2代当主。

経歴[編集]

寛永15年(1638年)、権大納言芝山宣豊の子として誕生。

官位従二位権中納言左中将四辻季輔の次男・広豊を養子とした。

宝永4年(1707年)、薨去。

先代:
芝山宣豊
芝山家
2代
次代:
芝山広豊