立花種明

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立花 種明
時代 江戸時代前期 - 中期
生誕 正保元年(1644年
死没 元禄12年1月8日1699年2月7日
戒名 天徳院殿傑捜浄英大居士
墓所 福岡県大牟田市今山の法輪寺
官位 従五位下、主膳正
幕府 江戸幕府
筑後三池藩
氏族 立花氏
父母 父:立花種長、母:市橋長政の娘・浄光院
兄弟 種明種澄三原種義種久種要正明
屋山宗之
正室:小出重吉の娘・青峰院
継室:奥平忠昌の娘・乞院(随春院)
継々室:京極高国の娘・晴雲院
貫長種盈、養女:(渡辺武室)

立花 種明(たちばな たねあきら)は、筑後三池藩の第3代藩主。

生涯[編集]

正保元年(1644年)、第2代藩主・立花種長の長男として生まれる。天和2年(1682年)2月27日、父の隠居により家督を継ぐ。祖先である高橋紹運の碑を建立するなど、社寺政策に尽力した。

元禄12年(1699年)1月8日に死去した。享年56。跡を長男の貫長が継いだ。