相容れないものたちのバレエ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

相容れないものたちのバレエ』(あいいれないものたちのバレエ: Le Ballet des Incompatibles )は、モリエールらの手によるバレエ。モリエールの手も入っていると考えられるが、確証はない。文学的な価値のほとんどない作品だが、モリエールが笑劇喜劇と並んで重視したジャンル、コメディ・バレエの習作的な作品であるという点で重要である。

あらすじと登場人物[編集]

筋らしいものは全くない。2部構成でそれぞれ7場面と8場面からなるが、それぞれの場面において「相容れないものたち」が登場し、バレエを踊るのみである。

成立過程[編集]

このバレエは、モンペリエで開かれたラングドック地方の三部会に出席した新婚のコンティ公新婦の妃に捧げられた。1655年に彼らの御前で踊られ、デュフレーヌ劇団によって上演されたが、配役表によればこのバレエを踊ったのは劇団員たちだけではなく、貴族も参加したようである。そのため、それぞれの場面での詩句に踊り手たちの個人的な問題に関する諷刺や仄めかしが盛り込まれているのだが、それらのほとんどは今日においては意味がよくわからない。モリエールはこのバレエの構想から関わり、台本の一部を執筆したと考えられるが、確証はない。配役表によれば、2つの役を演じている[2]

解説[編集]

このバレエの作者については様々な説が提出されており、モリエールの作品であるとの確証はない。作中に見られる表現があまりに稚拙であるので、モリエールの作品ではないと考える者もいるし、ジョゼフ・ベジャール(マドレーヌの兄で、劇団員)と考える説など、その作者は様々な推測がなされている[3]

上演の際には「レシ(吟唱)」と呼ばれる部分(上の配役表でいえば、それぞれ夜の女神、眠りの神の登場部分)だけが朗誦され、他の場面においてはただバレエが披露されるのみであった。そのため、詩句を記載したバレエの台本は上演前に先立って配布され、観客たちはそれを参照することで目の前のバレエの意味を理解したのである[2]

日本語訳[編集]

  • 『相容れぬものたちのバレエ-モンペリエにてコンティ大公御夫妻の御前で踊られたバレエ-』秋山伸子廣田昌義訳、(モリエール全集 1 所収)、臨川書店、2000年

脚注[編集]

  1. ^ ブレーズ・パスカルではない
  2. ^ a b モリエール全集1,P.13-14、24,臨川書店,2000年刊行
  3. ^ 青年時代のモリエール : 『相いれないもののバレエ』についての一考察,P.55,日比野雅彦,人間と環境 : 人間環境学研究所研究報告 : journal of Institute for Human and Environmental Studies 2, 51-58, 1998-07-31,人間環境大学