王家の呪い

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ツタンカーメンの、コブラの姿をした像(ウラエウス)。守り神ウアジェトを表している。
カーナヴォン卿がツタンカーメンの墓をあばいた6週間後に急死したため、当時の新聞にはそれは呪いだとする話がしばしば書かれ、現代まで語りつがれている

王家の呪い(おうけののろい、curse of the pharaohs)とは、エジプト王家の墳墓を発掘する者には呪いがかかる、という信仰。ファラオの呪いツタンカーメンの呪いとも呼ばれる。

1920年代エジプトにおいて、王家の谷ツタンカーメン墳墓発掘ミイラをとりだしたカーナヴォン卿および発掘に関係した数名らが、発掘作業の直後次々と急死した出来事からこうした伝説が生まれ、現在まで語り継がれている。

実際に人間が数名急死しており、少なくとも単なる偶然だとは考えられないため[要出典]、それが呪いによるものかどうかはともかくとして、多くの人が関心を寄せ、その原因について考察する人々がいた。

コナン・ドイルも新聞上でカーナヴォン卿の死の原因に関する見解を表明した

何らかのガスが墳墓に溜まっていて、墳墓をあばいた時にそれを吸った影響ではないか、と見なす人もいた。 たとえばコナン・ドイルシャーロック・ホームズシリーズの作家)もそれに類した見方を好んだひとりで、王の墳墓を荒らす墓荒らしどもを懲らしめるために致死性のカビのようなものが意図的に配置されていたのではないか、と見なした。 現在では古代エジプト墳墓の空気調査されているが、有毒なガス、カビの存在は確認されていない。

一説では、死亡した発掘関係者の多くは高齢者で実際に不遇に死んだ関係者は少数であり更にその多くがこじつけといえるようなものであった[要出典]とする。

また、呪いの話はロンドン・タイムズ報道独占させたカーナヴォン卿に恨みを抱いた[要出典]としたり、人々の好奇心をあおりたかったマスコミの喧伝に過ぎない[要出典]とした人もいる。

王家の呪いが登場する作品[編集]