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「ロジスティック方程式」の版間の差分

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人口動態学について
→‎平衡状態の安定性: ミスを訂正。ノートでの指摘
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[[File:Logistic curve examples.png|thumb|270px|ロジスティック方程式の解(ロジスティック曲線)の例。4つの曲線は、それぞれ初期値とパラメータ値が異なっている。]]
{{参照方法|date=2013年6月22日 (土) 00:12 (UTC)}}
'''ロジスティック方程式'''(ロジスティックほうていしき、英語:logistic equation{{Sfn|Strogatz|2015|p=25}})は、[[生物]]の[[個体群]]サイズの成長を説明する[[数理モデル]]の一種。ある一定環境内に、単一種あるいは単一種とみなせるような生物が生息するときに、その生物の個体数の変動を予測できる。人間の場合でいえば、[[人口]]の増減予測・分析に用いられるものである。1838年にベルギーの数学者[[ピエール=フランソワ・フェルフルスト]](Pierre-François Verhulst)により、[[トマス・ロバート・マルサス]]の『[[人口論]]』の不自然さを解消するためのモデルとして発表された<ref name="大澤2007">{{cite book| 和書 |author=大澤光 |title=社会システム工学の考え方 |year=2007 |edition=初版 |publisher=オーム社 |isbn =4-274-06675-7 |pages=193-194}}</ref>。その後、アメリカの生物学者レイモンド・パール(Raymond Pearl)らが再発見し、式を普及させた。
'''ロジスティック方程式'''は、[[個体群生態学]]において、[[個体群]]成長のモデルとして考案された[[微分方程式]]である。その後、[[カオス理論]]の出発点の一つともなり、現在では、[[生態学]]のみならず、多くの分野で応用が行われている。

式の解は'''ロジスティック曲線'''や'''ロジスティック関数'''として知られる。発案者の名からVerhulst方程式、発案者と普及者の名からVerhust-Peal方程式とも呼ばれる{{Sfn|ティーメ|2006|p=38}}。ロジスティック式やロジスティック微分方程式と表記される場合もある<ref name="巌佐2008">{{cite book |和書 |author=巌佐庸 |title=生命の数理 |publisher=共立出版 |date=2008-02-25 |edition=初版 |isbn=978-4-320-05662-6 |pages=2-3 }}</ref><ref name="アリグッド_92">{{cite book |和書 |author=K.T.アリグッド; T.D.サウアー; J.A.ヨーク |translator =星野高志・阿部巨仁・黒田拓・松本和宏 |others=津田一郎(監訳) |editor=シュプリンガー・ジャパン |title=カオス 第2巻 力学系入門 |publisher=丸善出版 |year=2012 |isbn=978-4-621-06279-1 |page=92}}</ref>。

[[個体群生態学]]で研究される個体群成長モデルとしては入門的なもので、より複雑な現象に対応するモデルの基礎を与えるものでもある<ref name="西村欣也"/>。数学においては、[[微分方程式|微分方程式論]]や[[力学系]]の初等的な話題としても取り上げられる<ref>{{cite book |和書 |author=稲岡毅 |title=基礎からの微分方程式―実例でよくわかる |publisher=森北出版 |year=2012 |isbn=978-4-627-07671-6 |pages=22-23}}</ref>{{Sfn|Hirsch et al.|2007|pp=4&ndash;7}}。


== 個体群増加のモデル ==
== 個体群増加のモデル ==
[[File:FibonacciRabbit.svg|thumb|310px|フィボナッチによるウサギのつがいの増殖問題]]
[[生物]]の個体数の増え方に関する研究は、[[個体群生態学]]の分野に属する。[[人口]]推計や、[[害虫]]発生の予想などの応用的側面もあり、古くから研究が行われた。多くの生物では、実際に生存するより遙かに多くの子孫を作り、それがそのまま生き残れば、あっという間に莫大な個体数となる。[[ねずみ算]]など、数学的小話の種である。しかし、これでは現実とは違いすぎる。そのため、実際の[[個体群成長]]を扱うためには、より現実的な[[数理モデル|数学モデル]]が必要となる。
生物の個体数の変動については古くから興味を持たれ、研究が行われてきた。[[フィボナッチ数]]の発見に繋がった[[レオナルド・フィボナッチ]]の[[ウサギ]]の個体数の問題が、おそらく最も古い個体数の[[数理モデル]]といわれる{{Sfn|マレー|2014|p=1}}{{Sfn|スチュアート|2012|p=333}}。


[[生物]]の個体数の増え方に関する研究は、[[個体群生態学]]の分野に属する{{Sfn|日本数理生物学会|2008|p=61}}。ここで、[[個体群]]とは簡単には、ある領域に生息している単一の[[種 (分類学)|種]]の個体の集まりのことを指す{{Sfn|日本数理生物学会|2008|p=181}}{{Sfn|寺本|1997|p=2}}。
ただし、一般に生物個体数は整数の値をとるものであり、多くの場合、繁殖は特定の時期に行われるので、個体数増加は段階的な形を取る。しかし、数学的扱いを簡便にするために、その増加も個体数も連続した値をとるものと見なして扱うことが多い。


この個体群の"サイズ"の成長や増殖の指標としては、個体群内の総個体数や、領域の単位面積当たりの個体数である個体群密度、[[バイオマス]]のような重量などが考えられる{{Sfn|寺本|1997|pp=2&ndash;3}}。人間でいえば、[[人口]]や[[人口密度]]に相当する{{Sfn|瀬野|2007|p=1}}。
通常、親が作る子孫の数は、ほぼ一定であるから、増加率を''r'' とすれば、個体数''N'' の個体群における時間に対する(絶対)増加率は
:<math>\frac{dN}{dt}\ = rN</math>
で表される。これは指数曲線になって、あっという間に[[人口爆発]]を引き起こす。この様な個体群成長の型を、生物個体(人口)の増加が[[幾何級数]]的であることを最初に指摘した[[トマス・ロバート・マルサス]]にちなんで'''マルサス的成長'''と呼ぶこともある。


=== マルサスモデル ===
しかし、現実の生物は、ある特定の[[環境]]下で生活しており、そこに生活できる個体数には上限があると見るのが自然である。つまり、個体数が多くなると、その増加に[[ブレーキ]]がかかるものと想像される。そこで、そのような、現実の個体数変化を説明するためには、次のような性質の式が必要になる。
[[File:Malthusian growth curves.png|thumb|280px|マルサスモデルによる個体数増加曲線の様子。赤色が ''m'' = 4、紫色が ''m'' = 2、藍色が ''m'' = 1。いずれも最初は ''N'' =''1'' だが、その後の急激な成長が見て取れる。]]
*個体数''N'' = 0 では、増加率は''r'' = 0 になる。
多くの生物では、親は多くの子孫を作るので、それがそのまま生き残ると仮定すれば、あっという間に莫大な個体数となる。[[ねずみ算]]など、数学的小話の種である{{Sfn|巌佐|1990|p=2}}。個体群増殖のモデルとして、まずはこのような単純なモデルを考えられる。ただし、実際の生物個体数は不連続な[[整数]]の値をとるものであるが、個体数を[[実数]]として[[連続 (数学)|連続]]した値をとるものとする(すなわち1.5個体といったような値も含める)ことが、数学的扱いを簡便にするためにしばしば行われる{{Sfn|山口|1992|p=59}}。ここでも同様に個体数は連続な値とする。
*個体数''N'' が増加するにつれ、増加率''r'' は減少する。
*環境の収容可能個体数に限度があるから、その数を''K'' とすれば、''N'' = ''K'' のとき、増加率は''r'' = 0 になる。


ある個体群において、個体数 ''N'' の時間 ''t'' に対する増加率すなわち増加速度が、''N'' の値自体に比例するとすれば、
== ロジスティック方程式の表現 ==
:<math>\frac{dN}{dt}\ = mN</math>
ロジスティック方程式は、1838年に[[ピエール=フランソワ・フェルフルスト]](ベルハルストとも)が、人口増加を説明するモデルとして考案した<ref>彼が[[兵站学]]([[ロジスティクス]])教官であったためロジスティックと命名したといわれる</ref>。その後、独自に同様の式を提示した個体群生態学者などもおり、次第に、個体群モデルの基礎となった。ロジスティック方程式は、上記の条件をすべて備えている。
という[[微分方程式]]で表される{{Sfn|巌佐|2015|p=17}}。ここで ''m'' は比例定数である。このような式の個体数増加は[[指数関数]]となって、人間でいえば、あっという間に[[人口爆発]]を引き起こす。この様な個体群成長のモデルは、生物個体(人口)の増加が[[幾何級数]]的であることを最初に指摘した[[トマス・ロバート・マルサス]]に因んで[[マルサスモデル]]と呼ばれる{{Sfn|人口研究会 |2010|pp=281&ndash;282}}{{Sfn|マレー|2014|p=38}}。比例定数 ''m'' もマルサスの名からマルサス係数と呼ばれ、単位は一個体当たりの増加速度となる<ref name="巌佐2008"/>。


しかし、このモデルは現実と違いすぎる{{Sfn|マレー|2014|pp=1&ndash;2}}。現実の生物は、ある有限の[[環境]]下で生息しており、個体数が多くなると、各個体にとって必要な資源が得にくくなる{{Sfn|巌佐|1990|p=4}}。そこに生息できる個体数には上限があると見るのが自然である{{Sfn|寺本|1997|p=8}}。つまり、個体数が多くなると、その増加に[[ブレーキ]]がかかるものと想像される{{Sfn|日本数理生物学会|2008|p=62}}。
ロジスティック方程式は、次の式である。

==ロジスティック方程式==
=== 式の表現 ===
上記のようにマルサスモデルは非現実的な面を持つ。個体数が多くなると増加速度が抑えられことを表現するために、個体数 ''N'' が増加するにつれて増加率 ''m'' が減少するモデルが自然である{{Sfn|寺本|1997|p=8}}。また、個体数がある上限を超えたら増殖速度は負となり、個体数は減少に向かうと考えられる{{Sfn|Strogatz|2015|p=25}}。これらの点を簡単に表せば、マルサス係数 ''m'' を
:<math>m=r\frac{K-N}{K}</math>
と置ける{{Sfn|巌佐|1990|p=4}}。すなわち ''m'' の値は、単純に ''N'' の値に反比例するというモデルである。これをマルサスモデルに代入して、次の微分方程式を得ることができる。
:<math>\frac{dN}{dt}\ = r \left( \frac{K - N}{K} \right) N</math>
:<math>\frac{dN}{dt}\ = r \left( \frac{K - N}{K} \right) N</math>
この微分方程式を'''ロジスティック方程式'''と呼ぶ{{Sfn|寺本|1997|p=9}}。あるいは個体群成長モデルの一種として'''ロジスティックモデル'''とも呼ばれる<ref name="西村欣也">{{cite book |和書 |author=西村欣也 |title=生態学のための数理的方法―考えながら学ぶ個体群生態学 |publisher=文一総合出版 |year=2012 |isbn=978-4-8299-6520-7 |pages=168-169}}</ref>。


ここで、''K'' は[[環境収容力]]、つまり、その環境における個体数の定員である。''r'' は(相対)内的増加率、その生物が実現する可能性のある最大増加率である。実際増加率''r'' (''K'' - ''N'' )/''K'' は個体数''N'' が環境収容力''K'' 近づくにつれて減少し、''N'' = ''K'' なば増加率は 0 である。''N'' > ''K'' だと、増加率は負とな個体が''K'' になるまで減少する。
ロジスティック方程式の ''K'' は[[環境収容力]]と呼ばれ、その環境における個体数の定員である{{Sfn|マレー|2014|pp=2&ndash;3}}。''r'' は上記のマルサス係数と同じく一個体当たりの増加速度だが{{Sfn|瀬野|2007|pp=11, 13&ndash;14}}{{Sfn|コーエン|1998|p=112}}、特に[[内的自然増加率]]と呼ばれ、その生物が実現する可能性のある最大増加速度を示してい{{Sfn|瀬野|2007|p=14}}通常ロジスティック方程式では、''K'' ''r'' は時間関わず一定正の[[定]]と考え{{Sfn|コーエン|1998|p=112}}{{Sfn|マレー|2014|p=2}}


=== ロジスティック効果 ===
また、ここで''k'' = ''r'' /''K'' と置けば、
マルサスモデルからロジスティック方程式へ拡張したときに行ったことは、個体群生態学における[[密度効果]]を取り入れたことに相当する。式をより簡素にするために、 ''k'' = ''r'' / ''K'' と置けば、
:<math>\frac{dN}{dt}\ = N(r - kN)</math>
:<math>\frac{dN}{dt}\ = N(r - kN)</math>
とも書ける{{Sfn|瀬野|2007|p=22}}。上記では ''N'' は個体数として説明したが、ロジスティック方程式では有限な環境を前提にしているので、''N'' を単位面積当たりの個体数である個体群密度でもある{{Sfn|瀬野|2007|p=20}}。上式右辺の括弧内では、元々の最大増加率であった ''r'' より、個体群密度 ''N'' に比例した ''kN'' を減ずる形になっている。すなわち、''N'' の増加が増加速度 ''da''/''dN'' にブレーキをかける効果をもたらしている。このように、個体群密度が個体群の変動に[[フィードバック]]的に影響を与えることを密度効果と呼ぶ{{Sfn|内田|1972|p=45}}。特にロジスティック方程式では、個体群密度が高くなると個体群規増加速度に負の効果を与える種類の密度効果となっており、これを'''ロジスティック効果'''と呼ぶ<ref>{{cite book |和書 |author=ミンモ・イアネリ、稲葉寿、國谷紀良 |title=人口と感染症の数理―年齢構造ダイナミクス入門 |year=2014 |edition=初版 |publisher=東京大学出版会 |isbn =978-4-13-061309-5 |page =52}}</ref>{{Sfn|人口研究会|2010|p=307}}。
と書ける。この場合、''k'' は、一個体の増加によって増加率が減少する率を現す。つまり、個体群密度の増加が増加率にブレーキをかけるので、これを[[密度効果]]という。


ロジスティック方程式では個体群密度増加に比例して増加速度が一方的に低下することを想定したが、個体群密度増加によって増加速度が上昇する場合も考えられる{{Sfn|ティーメ|2006|p=66}}。例えば、ある程度個体群密度が高くないと、交尾の相手が見つけるのが困難となって結果として増加速度が低下する場合などである{{Sfn|日本数理生物学会|2008|p=4}}。よって、個体密度が低い内は個体群密度増加によって増加速度が上昇する種類の密度効果も考えられ{{Sfn|寺本|1997|pp=17&ndash;18}}、このような種類の密度効果を[[アリー効果]]と呼ぶ{{Sfn|巌佐|1990|pp=7&ndash;8}}。
== ロジスティック方程式の解 ==
[[Image:SigmoidFunction.png|thumb|シグモイド関数(ロジスティック関数)の例。]]
初期値''N'' (0) が 0 < ''N'' (0) < ''K'' を満たす場合、ロジスティック方程式で表される微分方程式の解は
:<math>N(t) = K \, \varsigma_1 (r K (t_0 - t)) = \frac{K}{1 + \exp(r K (t_0 - t))}</math>
となる(<math>\varsigma_1</math>は標準[[シグモイド関数]]、''t''<sub>0</sub> は初期値で決まる任意性)。<!--この関数は、<math>\lim_{t \rightarrow -\infty} N \rightarrow 0</math> で始まり、初めはゆっくりと、つぎに急激に、最後にまたゆっくりと増加し、<math>\lim_{t \rightarrow \infty} N \rightarrow K</math> で終わる。-->この解は'''ロジスティック関数'''と呼ばれる(描く曲線は'''ロジスティック曲線'''と呼ばれる)。
<!--
<math>r = 1</math>、<math>K = 1</math>、<math>t_0 = 0</math> のとき、解は[[シグモイド関数]]になる。逆に、一般のロジスティック関数の解をシグモイド関数 <math>\mathrm{P}(x)</math> を使って


===個体数と増加速度の関係===
:<math>N = K \, \mathrm{P}(r K (t_0 - t)) \,</math>
[[File:Logistic equation dNdt vs N.svg|thumb|280px|縦軸が ''dN''/''dt''、横軸が''N''のグラフ。ロジスティック方程式における、''dN''/''dt'' と ''N'' の関係が示されている。]]
ロジスティック方程式における個体数増加速度 ''dN''/''dt''と個体数 ''N'' の関係に着目すれば、この関係は初等教育でも習う[[二次関数]]そのものとなっており、''dN''/''dt'' と ''N'' の[[グラフ (関数)|グラフ]]は[[放物線]]を描く。''r'' が正の値なので、''dN''/''dt''と ''N'' のグラフの形状は上に凸の放物線となる。以下では、式を解かなくともわかる範囲で ''N'' を変化させていったときの ''dN''/''dt'' の変化を読み解いていく。


まず、''N'' = 0 と ''N'' = ''K'' のとき、''dN''/''dt'' = 0 となる。すなわち、いくら時間が経過しても個体数は増加も減少もしない状態となる。このような状態は'''定常状態'''や'''平衡状態'''と呼ばれる{{Sfn|マレー|2014|p=3}}。''N'' が 0 < ''N'' < ''K'' のとき ''dN''/''dt'' の値は正で、''K'' < ''N'' となると ''dN''/''dt'' の値は負となる。言い換えれば、個体数が環境収容力内では常に個体数は増加するが、環境収容力を超えると個体数は減少へ転ずることになる{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=6}}。
と表すことができる。また、[[双曲線関数|双曲線正接関数]] <math>\tanh</math> を使って表すこともできる。
-->


個体数増加速度 ''dN''/''dt'' の変化をさらに細かく見てみると、''N'' = 0 から ''N'' = ''K''/2 まで''dN''/''dt'' の値は増加を続ける。''N'' = ''K''/2 は放物線の頂点であり、ここで ''dN''/''dt'' は極大値を迎える{{Sfn|Strogatz|2015|p=26}}。極大値は、''N'' = ''K''/2 を式に代入して ''dN''/''dt'' = ''rK''/4 である。''N'' = ''K''/2 を超えると ''dN''/''dt'' は減少し始め、''N'' = ''K'' で零となる。このような変化から読み取れることの一つは、個体数が環境収容力の半分となったときに個体増加速度は最大となる点である{{Sfn|Strogatz|2015|p=26}}。したがって、もし個体数の変化がロジスティック方程式に従うとしたら、増加速度が最大になるときの個体数に注目することで環境収容力、すなわち最大個体数を予測できることになる{{Sfn|スチュアート|2012|p=335}}。
ロジスティック関数は非線形だが、次の変換によって線形の扱いやすい関数にすることができる。これはフィッシャ・プライ変換(Fisher-Pry transform)と呼ばれる<ref name=watanabe>{{cite|和書 |author=渡辺千仭 |title=技術経済システム |publisher=創成社 |year=2007 |isbn=978-4-7944-3089-2 |pages=87}}</ref>。
:<math>\begin{align}
& \ln FP(t)=rK(t_0-t), \\
& FP(t):=\frac{N(t)/K}{1-N(t)/K}
\end{align}</math>


== 生物学的 ==
== 式の解 ==
=== ロジスティック曲線 ===
ロジスティック方程式そのものは、生物学的には、かなりありえない仮定に基づいている。
[[File:Malthusian growth vs logistic growth.png|thumb|280px|マルサスモデルによる指数関数的増加曲線(赤)とロジスティック曲線(青)]]
*まず、個体数の増加が連続的に生じること。多くの生物では、特定の時期にのみ増加が起こる。[[昆虫]]など、世代が重ならないものでは、個体数増加は世代を追って段階的に生じる。
ロジスティック方程式は[[非線形]]の微分方程式だが、標準的な微分方程式の解法である[[変数分離法]]を利用して解くことができる{{Sfn|山口|1992|pp=62&ndash;65}}。時間 ''t'' = 0 における初期個体数を ''N''<sub>0</sub> とすると、''t'' の関数として以下の解が得られる{{Sfn|スチュアート|2012|p=417}}。
*個体数増加は増加率を抑制するが、親個体も子の個体も、同じだけの率で抑制に関わる。多くの生物では、親子では大きさが異なるので、このようなことはありえない。昆虫では、親と子では生活の場が異なるものも多い。
:<math>N=\frac{N_0 K e^{rt}}{K-N_0+N_0 e^{rt}} </math>
*個体数の増加は、その瞬間に増加率に影響を与える。もちろん現実には、瞬間ということはあり得ないにせよ、親子で大きさが異なったり、昆虫など、親と子では生活の場そのものが異なる場合もあり、個体数の増加が増加率に影響するまでに、かなりの時間が必要と思われる例が少なくない。
ここで ''e'' は[[ネイピア数]]である。分母・分子を ''N''<sub>0</sub>''e<sup>rt</sup>'' で割り、次のような形でも示される<ref name="巌佐2008"/>。
:<math>N=\frac{K}{1+(K/N_0-1)e^{-rt}} </math>
この解や解によって描かれる曲線を'''ロジスティック曲線'''(英語:logistic curve)、'''ロジスティック関数'''(英語:logistic function)と呼ぶ{{Sfn|人口研究会 |2010|p=307}}<ref>{{cite book |和書 | author=和田光平 | year = 2015 | title = 人口統計学の理論と推計への応用 | publisher = オーム社 | edition = 初版 | isbn = 978-4274217166 |pages =31-34}}</ref>。この曲線に従った個体群成長のことをロジスティック成長やロジスティック増殖と呼ぶ<ref>{{cite book |和書 |editor= 日本生物物理学会 |others=巌佐庸(担当編集委員) |title=数理生態学会 |series=シリーズ・ニューバイオフィジックス (10) |year=1997 |edition=初版 |publisher=共立出版 |isbn =4-320-05473-3 |page =33}}</ref>{{Sfn|寺本|1997|p=10}}。


=== 曲線の形状 ===
したがって、ロジスティック方程式を単純に適用できるのは、ほとんど大きさに差のない形で増殖し、始終増えている[[細菌]]や、世代が完全に重なって、繁殖期がはっきりしない[[ヒト]]のようなものに限られるともいわれる。しかし、実際には様々な生物の個体群研究において、ロジスティック方程式は個体数変化の基本的モデルとして利用され、多くの成果が得られている。
[[File:Logistic curve in some initial conditions.png|thumb|280px|いくつかの ''N''<sub>0</sub> から始まるロジスティック曲線。''N'' > 0 の範囲では、時間発展に従って ''N'' が ''K'' に収束する。]]
[[File:Logistic curve overall view.png|thumb|280px|時間と個体数が負の場合も含めたロジスティック曲線の全体図。縦軸を ''N''/''K''、横軸を ''rt'' として無次元化している。]]

上記に示されるロジスティック方程式の解の挙動を観察すると、''t'' &rarr; &infin; の極限では、前提どおりに ''N'' &rarr; ''K'' となり、マルサスモデルと異なり発散しない{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=5}}。ただし、限りなく近づきはするが、モデルの制約上、有限時間内で ''N'' = ''K'' になることはない{{Sfn|スチュアート|2012|p=335}}。また、解の分母が 0 となるときは、曲線は不連続となる{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=5}}。

初期個体数 ''N''<sub>0</sub> が環境収容力の半分 ''K''/2 以下のときは、曲線の形状は次のようになっている。''t'' = 0, ''N'' = ''N''<sub>0</sub> から曲線は始まり、平行に近い状態から、個体数増加速度を増加させながら加速度的に立ち上がっていく。しかし、[[変曲点]]を迎えた後は増加速度を減少させながら曲線は横倒しになっていき、最終的にはほぼ平行な直線になっていく{{Sfn|山口|1992|pp=65&ndash;66}}。これによってS字型の曲線が描かれ、[[シグモイド曲線]]とも呼ばれる{{Sfn|山口|1992|p=65}}。この変曲点は、d''N''/d''t'' と ''N'' の関係曲線の頂点に一致し、増加速度が最大となる点である{{Sfn|Strogatz|2015|p=26}}。そのときの個体数は前述のとおり ''N'' = ''K''/2 であり、そのときの時間は ''t'' = ln (''K''/''N''<sub>0</sub> - 1)/''r'' である{{Sfn|人口研究会 |2010|p=307}}(ここで ln は[[自然対数]]である)。''N''<sub>0</sub> = ''K''/2 のときは最初から変曲点から始まり、''N''<sub>0</sub> > ''K''/2 のときは最初から変曲点を過ぎた曲線になる{{Sfn|マレー|2014|p=3}}。

''N''<sub>0</sub> > ''K'' で初期個体数が環境収容力を上回っているときも、時間発展に従って ''N'' は ''K'' に収束していく{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=5}}。この場合の曲線は、下に凸の曲線で ''K'' に向かって ''N'' は単調に減少し続ける{{Sfn|Strogatz|2015|p=26}}。''N''<sub>0</sub> = 0 または ''N''<sub>0</sub> = ''K'' であれば、その値のまま一定となる{{Sfn|Strogatz|2015|p=26}}。

また、生物個体数のモデルとしては無意味であるが ''N'' < 0 の場合も見てみると、この場合 ''N'' は時間発展に従って減少し続け、有限時間内で &minus;&infin; へ発散する曲線を描く{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=5}}。実際の個体数増減においては個体数は[[負]]の値にならないので、0 < ''N'' < ''K'' や ''K'' < ''N'' の場合が一般的には興味の対象となる{{Sfn|山口|1992|p=63}}{{Sfn|マレー|2014|p=3}}。

===平衡状態の安定性===
[[File:Logistic curve vector field.png|thumb|280px|left|ロジスティック曲線とその傾きのベクトル場の様子]]
[[File:Stability of logistic equation.png|thumb|280px|left|方程式にもとづく ''N'' と ''dN''/''dt'' の関係曲線。''N'' 軸と曲線の交点が平衡状態で、安定な点と不安定な点がある。]]

上記で、増加速度 ''dN''/''dt'' = 0 のとき、いくら時間が経過しても個体数 ''N'' は増加も減少もしない状態となることから、''N'' = 0 および ''N'' = ''K'' のときを平衡状態や定常状態と呼ぶことを説明した。平衡状態では、''N'' = 0 または ''N'' = ''K'' という一点に留まり続ける。[[力学系]]の分野では、このような点を[[不動点]]や平衡点と呼ぶ{{Sfn|Strogatz|2015|p=19}}。平衡状態には'''安定な平衡状態'''と'''不安定な平衡状態'''がある{{Sfn|巌佐|2015|p=23}}。安定な平衡状態とは、 その平衡状態の点から少しずれたとしても、時間経過とともに平衡状態に収束することを意味している{{Sfn|マレー|2014|p=5}}。また、不安定な平衡状態とは、その平衡状態の点から少しずれただけでも、収束することなく時間経過に従ってズレがどんどん大きくなっていくことを意味している{{Sfn|マレー|2014|p=5}}。ロジスティック方程式の場合は、''N'' = ''K'' 時の平衡状態が安定、''N'' = 0 時の平衡状態が不安定となっている{{Sfn|Strogatz|2015|pp=25&ndash;26}}。すなわち、初期個体数 ''N''<sub>0</sub> が ''K'' または 0 であれば、時間経過によらず常に同じ値を取り続けることは同じだが、''N''<sub>0</sub> が ''K'' または 0 から少しずれたときの挙動は正反対となる{{Sfn|巌佐|2015|pp=22&ndash;23}}。

この安定・不安定の様子は、ロジスティック曲線の[[傾き (数学)|傾き]]を[[ベクトル場]]として表すことで読み取ることができる{{Sfn|Hirsch et al.|2007|pp=5&ndash;6}}。時間経過に従って、全ての解は、これらのベクトルの矢印に沿って動いていく<ref name="アリグッド_94">{{cite book |和書 |author=K.T.アリグッド; T.D.サウアー; J.A.ヨーク |translator =星野高志・阿部巨仁・黒田拓・松本和宏 |others=津田一郎(監訳) |editor=シュプリンガー・ジャパン |title=カオス 第2巻 力学系入門 |publisher=丸善出版 |year=2012 |isbn=978-4-621-06279-1 |page=94}}</ref>。初期個体数が ''N''<sub>0</sub> > 0 であれば、''t'' &rarr; &infin; で ''N'' は ''K'' に収束し、''N''<sub>0</sub> < 0 であれば、''t'' &rarr; &infin; で &minus;&infin; に発散することが分かる{{Sfn|Hirsch et al.|2007|pp=5&ndash;6}}。

あるいは、上記で説明した個体数 ''N'' と増加速度 ''dN''/''dt'' の関係曲線からも、安定・不安定の様子は大まかに読み取れる。''N'' = ''K'' の点の右側に点があるとき、''dN''/''dt'' の値は負なので、''N'' は減少していき、''K'' に近づくことになる。''N'' = ''K'' の点の左側に点があるときは、''dN''/''dt'' は正なので、''N'' は増加していき、同じく ''K'' に近づくことになる{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=6}}。''N'' = 0 の点についても、左右にずれたときの ''dN''/''dt'' の値の正負から、0 の点から離れていくことが理解できる{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=6}}。''dN''/''dt'' = ''f''(''N'') 、その ''N'' による微分を ''d''(''f''(''N''))/''dN'' = ''f''&prime;(''N'')、平衡状態の点を ''N<sub>e</sub>'' と置いて、[[安定性理論]]における線形安定性解析の考えにもとづいてより一般的に言えば、''f''&prime;(''N<sub>e</sub>'') < 0 ならば ''N<sub>e</sub>'' は安定な平衡点で、''f''&prime;(''N<sub>e</sub>'') > 0 ならば ''N<sub>e</sub>'' は不安定な平衡点であると判別できる{{Sfn|Strogatz|2015|p=28}}。ロジスティック方程式の場合は、
:<math>f(N)=\frac{dN}{dt}\ = r \left( \frac{K - N}{K} \right) N</math>
なので、
:<math>f'(N)=r \left( 1-\frac{2N}{K} \right)</math>
となり、''f''&prime;(''K'') = &minus;''r'', ''f''&prime;(0) = ''r'' となることが確認できる。

== 生物学的評価 ==
===成立する前提===
実際の生物の個体数増殖においてロジスティック方程式が成り立ち、ロジスティック曲線がその増殖データに上手く当てはまるには、次のような生物学的条件が前提として挙げられる。

*対象の個体群は単一個体群である{{Sfn|瀬野|2007|p=7}}。すなわち、環境内には1つの種か、同等とみなせる種のみが存在し、捕食者がいない状況にあてはまる{{Sfn|瀬野|2007|p=5}}。
*対象の生物の各世代(親子)は連続的に重なっている{{Sfn|マレー|2014|p=37}}。すなわち、連続的に子が生まれ、親と子が共存する期間が存在する{{Sfn|山口|1992|p=71}}。
*個体は一定の大きさの環境内に常に存在する。すなわち、環境から移出したり、外部から移入が無い{{Sfn|コーエン|1998|p=112}}。(用語としては'''閉じた個体群'''とも呼ばれる{{Sfn|ティーメ|2006|p=7}})
*環境の大きさは変わらず、一定状態が保たれる{{Sfn|コーエン|1998|p=112}}。
*個体群のために、食糧や資源が一定して供給される{{Sfn|Strogatz|2015|p=27}}{{Sfn|コーエン|1998|p=112}}。

[[ショウジョウバエ]]や[[真正細菌]]といった、[[微生物]]や単純な生物を一定環境で増殖させた場合は、上記の条件に近く、ロジスティック方程式によって個体数変化の正確な予測ができる{{Sfn|巌佐|2015|p=24}}{{Sfn|コーエン|1998|p=116}}{{Sfn|Strogatz|2015|p=27}}。しかし、例えば[[鹿]]や[[鳥類]]などのような、一定環境のもとで増殖する設定が成立しない個体群成長には、ロジスティック方程式を適用することはできない{{Sfn|巌佐|2015|p=24}}。

環境を整えた飼育実験によって、ロジスティック曲線に当てはまる個体数増殖のデータを得ることはできるが、上記の生物学的条件を実験上で整えることは簡単ではない{{Sfn|山口|1992|p=65}}。増殖を抑える原因となる老廃物を定期的に取り除く、といった配慮も必要となる{{Sfn|山口|1992|p=66}}。

===実際のデータへの適用例===
====実験生物====
[[File:Gause's experiment and fitted logistic curves.svg|thumb|center|550px|ソ連・ロシアの生物学者ゲオルギー・ガウゼによる2種の[[酵母]](''Saccharomyces cerevisiae'', ''Schizosaccharomyces kefir'')とそれらの混合集団による個体群サイズ成長実験データ<ref name="Gause1932">{{cite journal |last=Gause |first=G. F. |year=1932 |title=Experimental Studies on the Struggle for Existence |url=http://jeb.biologists.org/content/9/4/389 |journal=Journal of Experimental Biology |publisher=The Company of Biologists Ltd |volume=9 |issue=4 |pages=389-402 |issn=1477-9145}}</ref>、それらのデータに対してレーベンバーグ・マーカート法で[[曲線あてはめ|フィッティング]]させたロジスティック曲線。縦軸は菌の体積、横軸は時間を示している<ref name="Gause1932"/>。このガウゼの実験はロジスティック曲線がよく当てはまった個体群成長実験としてよく知られる{{Sfn|スチュアート|2012|pp=335&ndash;336}}。]]


いくつかの微生物や小型の昆虫の飼育実験で、ロジスティック曲線がよく当てはまる個体数増加や個体密度増加実験のデータが得られている。例として以下のようなものがある。
*[[キイロショウジョウバエ]]{{Sfn|内田|1972|p=29}}
*[[ゾウリムシ]]{{Sfn|山口|1992|pp=67&ndash;68}}
*[[大腸菌]]{{Sfn|巌佐|1990|p=3}}
*[[タマミジンコ科|タマミジンコ]]{{Sfn|巌佐|1990|p=6}}
*[[出芽酵母]]、[[分裂酵母]](''Saccharomyces cerevisiae'', ''Schizosaccharomyces kefir'')、またはそれらの混合集団{{Sfn|スチュアート|2012|pp=335&ndash;336}}<ref>{{Cite book |last=Gause |first=G. F. |url=https://books.google.co.jp/books?id=v01OToAhJboC&lpg=PP1&hl=ja&pg=PA77#v=onepage&q&f=false |edition=Dover Phoenix Editions |year=2003 (original 1934) |title= The Struggle for Existence |publisher=Dover Pubns |page=77 |isbn=0-486-49520-5 }}</ref>
<gallery mode="packed-hover" height="140">
File:Drosophila melanogaster - side (aka).jpg|[[キイロショウジョウバエ]]
File:Paramecium.jpg|[[ゾウリムシ]]
File:EscherichiaColi NIAID.jpg|[[大腸菌]]
File:Moina sp.jpg|[[タマミジンコ科|タマミジンコ]]
File:S cerevisiae under DIC microscopy.jpg|[[出芽酵母]]
</gallery>


一方、ロジスティック曲線に当てはまるデータは得られなかったものとしては、次のような生物の実験がある。これらの実験では、時間経過後も個体数は一定に収束せず、周期的変動が繰り返されたり、大きなゆらぎが続く個体群変動となった{{Sfn|山口|1992|pp=69&ndash;71}}{{Sfn|Strogatz|2015|p=27}}。
*[[ミバエ]]{{Sfn|Strogatz|2015|p=27}}
*[[コクヌストモドキ]]{{Sfn|Strogatz|2015|p=27}}
*[[マメゾウムシ]]{{Sfn|山口|1992|pp=69&ndash;71}}
<gallery mode="packed-hover" height="140">
File:Bactrocera dorsalis.jpg|[[ミバエ]]([[ミカンコミバエ]])
File:Tribolium castaneum.jpg|[[コクヌストモドキ]]
File:Chrząszcz na ziarnach fasoli.jpg|[[マメゾウムシ]](インゲンマメゾウムシ)
</gallery>

====パールのキイロショウジョウバエ飼育実験====
ロジスティック曲線を再発見したことで知られるパールは、リードと共にキイロショウジョウバエの飼育実験を行い、この曲線を実証した。ロジスティック曲線が上手く適合する実験の具体的様子の例として、[[内田俊郎]]の著作をもとにしてパールらの実験を簡単に説明する{{Sfn|内田|1972|pp=27&ndash;29}}。

パールが用意した環境は小さな牛乳瓶で、供給する餌にはバナナを磨り潰して寒天で固めたものを使用した{{Sfn|内田|1972|pp=27&ndash;28}}。牛乳瓶の中にハエと餌を入れ、温度などの環境条件を一定にし、一定時間間隔でハエの個数を調べた{{Sfn|内田|1972|p=27}}。

実験としては3種類の実験が行われた。1つ目では、餌を始めに入れた後に餌を補給しなかった{{Sfn|内田|1972|p=28}}。このため、個体数が増加して一定となった後、急激に減少してほぼ全滅状態となった{{Sfn|内田|1972|p=28}}。2つ目では、一定時間間隔で餌の継ぎ足しを行い、一定状態が保たれる結果が得られた{{Sfn|内田|1972|p=29}}。3つ目では、一定時間間隔で新しい餌の入った瓶へハエを移し替え、食糧条件だけでなく、その他の環境条件も一定に保った{{Sfn|内田|1972|p=29}}。この結果でも一定状態が保たれ、ロジスティック曲線が当てはまるデータが得られた{{Sfn|内田|1972|p=29}}。

====野外生物====
野外環境では、前提条件となるような環境が保持されることはほぼ無いため、ある個体群がロジスティック曲線が当てはまるような増加の仕方を示すことは少ない<ref name="伊藤1994">{{cite book |和書 |author=伊藤嘉昭 |title=生態学と社会―経済・社会系学生のための生態学入門 |year=1994 |edition=初版 |publisher=東海大学出版会 |isbn =4-486-01272-0 |pages =48&ndash;51}}</ref>。自然界では環境条件は常に変化し、個体群変動のパターンも様々となる<ref>{{cite book |和書 |author=大串隆之 |chapter = 3章 昆虫の個体群と群集 |pages=53&ndash;54 |title=昆虫生態学 |year=2014 |edition=初版 |publisher=朝倉書店 |isbn =978-4-254-42039-5}}</ref>。

ロジスティック曲線によく当てはまる個体数増加が確認できた例として、[[パナマ]]熱帯雨林での[[ハキリアリ]]の1つの巣における個体数増加結果がある<ref name="伊藤1994"/>。理由としては、天敵がいないこと、雨量・温度の気象条件が安定していることなどにより、ロジスティックモデルの前提条件に近い環境であったことによるものと考えられている<ref name="伊藤1994"/>。他の野外生物でロジスティック曲線に当てはまる例としては、アメリカ・[[アラスカ州]]のセントポール島における[[キタオットセイ]]個体数増加の結果がある<ref>{{cite book |和書 |author=P.レーヴン・G.ジョンソン・J.ロソス・S.シンガー |others =R/J Biology 翻訳委員会(監訳) |title=レーヴン・ジョンソン 生物学 上(原書第7版) |year=2007 |edition=第7版 |publisher=培風館 |isbn =978-4-563-07797-6 |page =1151}}</ref>。

====人口成長====
[[File:World-Population-1800-2100.png|thumb|180px|世界人口のグラフ]]
式を発案したフェルフルスト、および再発見と普及の役を担ったパールとリードは、[[人口]]の成長予測のためにロジスティック方程式を発案した。彼らは共に、当時までの人口統計をもとにして[[アメリカ合衆国]]の将来の人口を予測したが、どちらの予測も実際の人口成長を言い当てることはできなかった{{Sfn|コーエン|1998|p=113&ndash;115}}{{Sfn|山口|1992|pp=69&ndash;71}}。さらにパールは当時の推定[[世界人口]]をもとに世界人口の上限値(環境収容力 ''K'')の予測も行ったが、その値は26億人という予測であった{{Sfn|コーエン|1998|p=115}}。

===評価・位置付け===
ロジスティック方程式は、非常に簡単な生物学的意味からモデルを導くことができる{{Sfn|山口|1992|p=66}}。''r'' と ''K'' の2つのパラメータに種の特性に関わる議論を集約して、とても簡明なモデルを構成している{{Sfn|寺本|1997|p=iii}}。また、式の特徴である個体数密度の上昇は増加速度を抑えるロジスティック効果は、[[個体群生態学]]における基本原理ともいわれる{{Sfn|人口研究会 |2010|p=307}}。個体数が少ない内は指数関数的に増殖し、個体数が増えてくると増加が止むという現象自体は、正確に前提条件に当てはまらないような個体群成長であっても、広く認められる現象であり、この一般的傾向をロジスティック方程式は上手く表しているとも評される{{Sfn|巌佐|2015|p=25}}。

ただし、一見してロジスティック曲線のような個体群成長を示すデータであっても、そのデータに上手く[[曲線あてはめ]]できる数理モデルは数多く存在する{{Sfn|山口|1992|p=66}}{{Sfn|スチュアート|2012|p=336}}。ロジスティック方程式のみが唯一当てはまるということはまずない{{Sfn|山口|1992|p=66}}。この式が個体群成長の「普遍側」のように受け止められるのは誤解であると、数理生態学者のジェームス・D・マレーや応用数学者のスティーブン・ストロガッツは指摘している{{Sfn|マレー|2014|p=3}}{{Sfn|Strogatz|2015|p=27}}。人口予測に関しても、人口学者のジョエル・E・コーエンは「ロジスティック曲線は短期的な予測に関しては、他の連続でなめらかな曲線と比べて特に劣っていることもないが、長期的な予測に関しても格別に秀でているわけでもない」と評している{{Sfn|コーエン|1998|p=116より引用}}。現在の将来人口推計には[[コーホート要因法]]の使用が主流となっている{{Sfn|人口研究会 |2010|p=74}}{{Sfn|コーエン|1998|p=144}}。

以上のように、ロジスティック方程式が個体群成長の「普遍側」というわけではないが、個体群成長モデルにおける基礎的なアイデアを有しており、より複雑な現象に対応する様々なモデルへ拡張されたり、その考え方が取り入れられたりする<ref name="西村欣也"/>{{Sfn|マレー|2014|p=4}}。

==名称の由来==
フェルフルストは、1845年の論文で、"Nous donnerons le nom de ''logistique'' à la courbe"(フランス語、斜体も原文ママ)と述べ<ref>{{cite journal|first= Pierre-François |last=Verhulst |year= 1845| title = Recherches mathématiques sur la loi d'accroissement de la population | journal = Nouveaux Mémoires de l'Académie Royale des Sciences et Belles-Lettres de Bruxelles |volume = 18| pages = 1–42 | url = http://gdz.sub.uni-goettingen.de/dms/load/img/?PPN=PPN129323640_0018&DMDID=dmdlog7 }}のp.8より引用</ref>、ロジスティック方程式の解による曲線を ''logistique'' と名付けた{{Sfn|人口研究会 |2010|p=307}}。これが、式が"ロジスティック"方程式、その解曲線が"ロジスティック"曲線と呼ばれる由来である{{Sfn|人口研究会 |2010|p=307}}{{Sfn|瀬野|2007|p=20}}。しかし、フェルフルストは ''logistique'' という語を使った理由を説明しなかったので、それ以上の由来は分かっていない<ref name="MacTutor"/>{{Sfn|瀬野|2007|p=20}}<ref name="大澤2007"/>。

''logistique'' と名付けられた理由のいくつかの推測は存在する。ベルギー王国陸軍士官学校の数学教授のHugo Pastijnは、理由は不明と断った上で、
*陸軍大学に勤めていたフェルフルストも馴染みが有ったであろう「[[兵站]]」の意味と関連付けて ''logistique'' と名付けたのではないか
*フェルフルストのモデルでも扱われる人口のための限られた資源と関連させて、「[[住居]]」を意味するフランス語の ''logis'' から名付けたのではないか
と、ありえそうな理由を2点ほど推測している<ref name="MacTutor">{{Cite web |author=O'Connor, John J; Robertson, Edmund F |url=http://www-history.mcs.st-andrews.ac.uk/Biographies/Verhulst.html |title=Pierre François Verhulst |year=2014 |month=1 |work=MacTutor History of Mathematics archive |publisher=University of St Andrews |accessdate=2015-12-17 }} 出典先での引用元は、{{Cite book |last = Pastijn |first = Hugo |chapter=Chaotic Growth with the Logistic Model of P.-F. Verhulst |chapterurl =http://link.springer.com/chapter/10.1007/3-540-32023-7_1 |year = 2006 |pages=3-11 |title = The logistic map and the route to chaos: From the beginnings to modern applications, Understanding Complex Systems |publisher =Springer Berlin Heidelberg |doi = 10.1007/3-540-32023-7_1 |isbn = 978-3-540-28366-9}}</ref>。また、19世紀当時のフランスでは、''logistique'' には「計算に巧みな」「計算の技巧」といった意味での用例があった点も指摘されている{{Sfn|寺本|1997|p=10}}{{Sfn|人口研究会 |2010|p=307}}。

== 派生モデルやその他の形式 ==
;2種存在する場合
:ロジスティック方程式は1種のみが存在するときの(あるいは1種とみなせるときの)生物個体群変動のモデルだが、環境内に2種の生物が存在し、資源を奪い合うなどの状況でそれぞれの個体数 ''N''<sub>1</sub>, ''N''<sub>2</sub> が互いの個体数増加速度に影響を与える状況が考えられる。ロジスティック方程式をそのような状況へ拡張させたものとして、以下の[[競争 (生物)#数学モデル|ロトカ・ヴォルテラの競争式]]がある{{Sfn|日本生態学会 |2004|pp=133&ndash;135}}。
::<math>\frac{dN_1}{dt} = r_1 N_1 \left(1 - \frac{N_1 - \alpha_1 N_2}{K_1} \right)</math>
::<math>\frac{dN_2}{dt} = r_2 N_2 \left(1 - \frac{N_2 - \alpha_2 N_1}{K_2} \right)</math>

;時間遅れの考慮
:個体数が個体数増加速度に与えるフィードバックに時間の遅れがあり、現時点での個体数 ''N''(''t'') ではなく、時間 ''&tau;'' だけ前の時点での個体数 ''N''(''t'' &minus; ''&tau;'')によって個体数増加速度が影響されるときには、ロジスティック方程式を次のようなモデルに拡張できる。この式はハッチソンの方程式(英語:Hutchinson's equation)や時間遅れをもつロジスティック方程式(英語:delayed logistic equation)と呼ばれる<ref>{{cite book |editor=Arino, O.; Hbid, M.L.; Dads, E. Ait |author=Ruan, S. |title=Delay Differential Equations and Applications: Proceedings of the NATO Advanced Study Institute held in Marrakech, Morocco, 9-21 September 2002 |publisher=Springer Netherlands |chapter=DELAY DIFFERENTIAL EQUATIONS IN SINGLE SPECIES DYNAMICS |year=2006 |edition=1 |doi=10.1007/1-4020-3647-7 |pages=479}}</ref>。
::<math>\frac{dN(t)}{dt} = r N(t) \left(1 - \frac{N(t-\tau)}{K} \right)</math>

;式の変換
:ロジスティック関数は[[非線形]]だが、 ''rK''(''t''<sub>0</sub> &minus;''t'') を ln ''FP''(''t'') と置くことによって、[[線形]]の扱いやすい関数に変換することができる。これはフィッシャ・プライ変換(英語:Fisher-Pry transform)と呼ばれる<ref name=watanabe>{{cite book|和書 |author=渡辺千仭 |title=技術経済システム |publisher=創成社 |year=2007 |isbn=978-4-7944-3089-2 |pages=87}}</ref>。
::<math>\mathrm{ln} FP(t) = rK(t_0-t) </math>
::<math>FP(t) = \frac{N(t)/K}{1-N(t)/K}</math>

;確率分布
:統計学においては、ロジスティック曲線と同形の[[分布関数]] ''f''(''x'') を持つ[[連続確率分布]]が用いられている。これを[[ロジスティック分布]]と呼ぶ<ref>{{cite book| 和書 |author=白石高章 |title=統計科学の基礎―データと確率の結びつきがよくわかる数理 |year=2012 |edition=第1版 |publisher=日本評論社 |isbn =978-4-535-78700-1 |page=159}}</ref>。
::<math>f(x) = \frac{1}{1 + e^{-\frac{x - \mu}{s}}}</math>


== 歴史 ==
== 歴史 ==
===フェルフルストによる発表===
この式を最初に発表したのは[[ピエール=フランソワ・フェルフルスト]]である。彼は1838年に始まる数本の論文で人口増加について論じた中で、それを表す式としてこれを提案した。当時はこの価値を認めるものはほとんどなく、彼の死亡時の告知にも、彼の業績として取り上げられなかった。
[[File:Pierre Francois Verhulst.jpg|thumb|200px|[[ピエール=フランソワ・フェルフルスト]] (''Pierre-François Verhulst'')]]
[[ベルギー]]・[[ブリュッセル]]の陸軍大学の数学者であった[[ピエール=フランソワ・フェルフルスト]]によって、ロジスティック方程式は発表された{{Sfn|コーエン|1998|pp=112&ndash;113}}。18世紀になると、[[トマス・ロバート・マルサス]]が出版した『[[人口論]]』に関心が高まっていた{{Sfn|山口|1992|p=54}}。[[マルサスモデル]]の説明で述べたように、マルサスは人口が指数関数的に成長していくモデルを発表し、その帰結として社会が飢饉の発生など破滅的状況を迎えることを予測した{{Sfn|人口研究会 |2010|pp=280&ndash;282}}。このセンセーショナルな予測は衝撃を与え、当時およびマルサス死後も長く続く論争を引き起こした{{Sfn|人口研究会 |2010|p=282}}。「近代統計学の父」と呼ばれる[[アドルフ・ケトレー]]も、マルサスのモデルに関心を持ち、人口増減モデルについて論じた{{Sfn|人口研究会 |2010|p=315}}。ケトレーは[[抗力|流体の抵抗]]をヒントにして、人口増加速度の減少の仕方は人口増加速度自体の二乗に比例すると考えた{{Sfn|山口|1992|p=55}}。


ケトレーから教えを受けたこともあり、友人でもあったフェルフルストは、ケトレー自身からケトレーのモデルに関する研究を勧められた{{Sfn|山口|1992|p=56}}{{Sfn|瀬野|2007|p=20}}。ケトレーの考えをもとにして、人口が人口自体によって増加する一方で、人口増加を抑制する何らかの機構が働く数学的なモデルを思案した{{Sfn|人口研究会 |2010|p=307}}。1838年、フェルフルストは、"''Notice sur la loi que la population poursuit dans son accroissement''"という題で研究成果を発表し、この論文の中でロジスティック方程式が提案された{{Sfn|山口|1992|p=56}}。この論文の中でフェルフルストが実際に提案した式は、
その後1910年代から生物の個体群成長に関する実験などが行われる中で、この式は独自にあちこちで使われ始めたが、フェルフルストの名が挙がることはなかった。1920年、[[パール]]らがアメリカ合衆国の人口増加について論じ、[[ショウジョウバエ]]の実験個体群の成長を研究したとき、やはりこの式を使い、翌年にこれがすでに90年近く前にフェルフルストによって発見されたことを認めた。これによって、やっと彼の名がこの式に結びついた。
:<math>\frac{dp}{dt}\ =mp-\phi(p) </math>
:<math>\phi(p)=np^2 </math>
という形であった<ref name="Verhulst1838">{{cite journal |last=Verhulst |first=Pierre-François |year=1838 |title=Notice sur la loi que la population suit dans son accroissement |url=https://books.google.co.jp/books?id=8GsEAAAAYAAJ&pg=PA113&hl=ja&source=gbs_toc_r&cad=4#v=onepage&q&f=false |journal=Correspondance mathématique et physique |volume=10 |pages=113-121 }}のp.115</ref>{{Sfn|瀬野|2007|p=19}}。''p'' は人口である<ref name="Verhulst1838"/>。これは現在ロジスティック方程式としてよく紹介される形とは少し異なるが、数学的には等価である{{Sfn|瀬野|2007|p=25}}。フェルフルストは人口自体の二乗によって人口増加速度の減少効果を表現し、上記の ''φ''(''p'') を導入した{{Sfn|瀬野|2007|p=19}}。当時はこの式の価値を認めるものはほとんどなく、彼の死亡時の告知にも、彼の業績として取り上げられなかった{{Sfn|山口|1992|p=57}}。


===パールとリードの研究と式の普及===
上記のように、一般の生物に当てはめるには難しい点もあるが、これ以降、実験室や野外での生物の個体数変動を扱う基礎モデルとして、この式は広く認められるようになった。
[[File:Raymond Pearl (cropped).jpg|thumb|left|200px|レイモンド・パール (Raymond Pearl)]]
フェルフルスト発表の後、生物の個体群成長に関する実験などで、同じ式が独自にあちこちで使われ始めたが、フェルフルストの名が挙がることはなかった{{Sfn|山口|1992|p=58}}。1920年、[[ジョンズ・ホプキンス大学]]のレイモンド・パールとローウェル・J・リードが、ロジスティック方程式と同形の式を用いてアメリカ合衆国の人口増加について論じた<ref name="大澤2007"/>。この研究も、フェルフルストにより先に発表されていたことを知らずに行われた{{Sfn|コーエン|1998|p=113}}。翌年の1921年には、これがすでに80年近く前にフェルフルストによって発見されたことをパールらも認めた{{Sfn|山口|1992|p=58}}。これによってパールらもロジスティック曲線という言葉を使うようになり、やっとフェルフルストの名がこの式に結びつくことになる{{Sfn|寺本|1997|p=10}}{{Sfn|山口|1992|p=58}}。


パールは[[ショウジョウバエ]]の個体群成長の実験から、この式を実証して導いている{{Sfn|内田|1972|pp=28&ndash;30}}。1924年と1925年にも、アメリカ、スウェーデン、フランスなどの様々な国勢調査の人口統計にロジスティック方程式をあてはめ、各国の人口成長予測を行った{{Sfn|マレー|2014|pp=4&ndash;5}}{{Sfn|コーエン|1998|p=113}}。当時、パールとリードは人口増加におけるこの式の価値を「控え目にいっても、それは[[ケプラーの法則|ケプラーの惑星の楕円運動法則]]に匹敵するものであるといってもよいように思われる」と自身らで高く評価している{{Sfn|コーエン|1998|pp=113&ndash;114より引用。出典先での引用元は、Pearl, Raymond, and Lowell J. Reed. 1924 The growth of human population. In ''Studies in human biology'', ed. Raymond Pearl. Baltimore: Williams and Wilkins, pp. 584-637.のp.585より}}。パールは、この式が個体数増殖における普遍則であるという持論を広めて回り、ロジスティック方程式の普及に大きく貢献することになる{{Sfn|マレー|2014|pp=3&ndash;4}}{{Sfn|人口研究会 |2010|p=323}}。このため、ロジスティック曲線にはパールの名が題されることもある{{Sfn|コーエン|1998|p=115}}。
また、ロジスティック方程式における''r'' はその種が実現できる最大の相対増加率であり、これが大きい方が素早く増殖できる可能性がある。また、''K'' はその環境下で生存できる個体数上限を示す。[[島嶼生物学]]の分野で、マッカーサーとウィルソンは[[島]]における生物個体群の定着と[[絶滅]]を論じ、定着の成功には大きな''r'' を持つことが重要であり、絶滅の回避には大きな''K'' を持つことが重要であるとし、それぞれを'''r淘汰'''、'''K淘汰'''と呼んだ。これが[[r-K戦略説]]、ひいては[[生活史戦略]]論の始まりとなった。


===ロジスティック方程式からの派生===
また、ロジスティック方程式を[[差分方程式]]にすると、''K'' の値の取り方次第で、個体数は''N'' &rarr;''K'' に安定する場合もあるが、''K'' の上下2つの値の間を行き来したり、あるいは4つの値の間を行き来する場合もある。[[内田俊郎]]らによる実験室内での昆虫個体群の研究によると、この現象には実例があり、その原因は個体数の増加が増加率に影響する時間差である。なお、[[ロバート・メイ]]はこの式をさらに追求して、非周期的にあらゆる値をとる場合にまでいたるさまざまな形が出現することをコンピュータ・[[シミュレーション]]によって示し、これに対して'''カオス的''' (chaotic) という言葉を当てたのが[[カオス理論]]の始まりの一つである。
ロジスティック方程式における ''r'' はその種が実現できる最大の相対増加率であり、これが大きい方が素早く増殖できる可能性がある{{Sfn|日本生態学会 |2004|p=62}}。また、''K'' はその環境下で生存できる個体数上限を示す{{Sfn|日本生態学会 |2004|p=62}}。1967年、[[ロバート・マッカーサー]]と[[エドワード・オズボーン・ウィルソン]]は、この ''r'' と ''K'' に着目して、[[島]]における生物個体群の定着と[[絶滅]]に関する理論を発案した{{Sfn|木元|1979|pp=108&ndash;109}}。彼らの理論によれば、ある生物の島への定着が成功するには大きな ''r'' を持つことが重要であり、絶滅の回避には大きな ''K'' を持つことが重要であるとし、それぞれの方向へ[[淘汰]]されることを '''r淘汰'''、'''K淘汰'''と呼んだ{{Sfn|木元|1979|pp=116&ndash;117}}。この説は[[r-K戦略説]]と呼ばれ、生物の[[生活史 (生物)|生活史]]の進化に種内競争の観点から説明を与えた{{Sfn|日本生態学会 |2004|pp=61, 64}}。


また、ロジスティック方程式の前提条件を満たすような環境であっても、個体数が一定に収束せず、多くなったり少なくなったりをいつまでも繰り返すような生物実験の結果も得られた{{Sfn|山口|1992|pp=69&ndash;71}}。[[京都大学]]の[[内田俊郎]]と藤井宏一が[[マメゾウムシ|ヨツモンマメゾウムシ]]の培養実験でそのような結果を得たことを1953年に発表している{{Sfn|巌佐|1990|p=50}}。内田らは、この結果を次のような[[差分方程式]]で分析した{{Sfn|山口|1992|pp=73&ndash;75}}。
==二重ロジスティック関数==
:<math> N_{n+1}=\left ( \frac{1}{a-bN_n}-c \right )N_n </math>
定義は以下の通り。[[ガウス関数]]を変形した物である。
ここで、''n'' は離散化された時間で、''n'' = 1日目, 2日目, 3日目,... といったような飛び飛びの時間間隔を意味している。''N<sub>n</sub>'' は、ある ''n'' の時点における個体数 ''N'' を意味している。''a'', ''b'', ''c'' は定数である。これは同じく京都大学の[[森下正明]]が発案した、ロジスティック曲線に全く一致する差分方程式をもとにしている{{Sfn|山口|1992|pp=71&ndash;73}}。
:<math> y = \mbox{sgn}(x-d) \, \left[1-\exp\left\{-\left(\frac{x-d}{s}\right)^2\right\}\right]</math>

[[ロバート・メイ]]もロジスティック方程式の離散化を行い、今日では[[ロジスティック写像]]と呼ばれる次の差分方程式を発案した{{Sfn|スチュアート|2012|p=342}}。
:<math> N_{n+1}=rN_n(1-N_n) </math>
ここで、''N<sub>n</sub>'' は個体数の変動を意味するが、個体数そのものではなく無次元化されたものである{{Sfn|Strogatz|2015|p=386}}。''r'' は定数である。メイはこの差分方程式から、ロジスティック方程式の解とは全く異なる、現在では[[カオス理論|カオス]]と呼ばれる非常に複雑な振る舞いが生じることを示した{{Sfn|山口|1992|pp=77&ndash;85}}。この結果は1974年と1976年に発表され、大きな反響を得ると共に、その後の[[カオス理論]]の隆盛に大きく寄与することになる{{Sfn|スチュアート|2012|p=342}}<ref>{{cite book |和書 |title=カオスはこうして発見された |author1=ティェンイェン・リー |author2=ジェームス・A・ヨーク |others =ラルフ・エイブラハム、ヨシスケ・ウエダ (編) 稲垣耕作、赤松則男(訳) |publisher=共立出版 |year=2002 |edition=初版 |isbn= 4-320-03418-X |chapter=第10章 区間上のカオスを探索する |pages= 169-170}}</ref>。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
{{reflist}}
{{reflist|2}}


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
※文献内の複数個所に亘って参照したものを示す。
*[[山口昌哉]]、『カオスとフラクタル』(1986)、[[講談社]]([[ブルーバックス]])、ISBN 4-06-132652-X
*{{cite book ja-jp
*[[内田俊郎]]、『動物の人口論』(1972)、[[NHKブックス]]([[NHK出版|日本放送出版協会]])、ISBN 9784140011645
|author=山口昌哉
|title=カオスとフラクタル―非線形の不思議
|series=ブルーバックス
|publisher=講談社
|year=1992
|edition=第17刷
|isbn=4-06-132652-X
|ref={{Sfnref|山口|1992}}
}}
*{{cite book ja-jp
|author=内田俊郎
|title=動物の人口論―過密・過疎の生態をみる
|series=NHKブックス164
|publisher=日本放送出版協会
|year=1972
|id=1345-001164-6023
|isbn=9784140011645
|ref={{Sfnref|内田|1972}}
}}
*{{cite book ja-jp
|author= 木元新作
|title=南の島の生きものたち―島の生物地理学
|year=1979
|edition=初版
|publisher=共立出版
|id=1345-472380-1371
|isbn =978-4320006959
|series=科学ブックス38
|ref={{Sfnref|木元|1979}}
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*{{Cite book ja-jp
|author=瀬野裕美
|title=数理生物学―個体群動態の数理モデリング入門
|year=2007
|edition=初版
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|isbn =978-4-320-05656-5
|ref ={{Sfnref|瀬野|2007}}
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*{{cite book ja-jp
|author=巌佐庸
|title=数理生物学入門―生物社会のダイナミックスを探る
|year=1990
|edition=初版
|publisher=HBJ出版局
|isbn =4-8337-6011-8
|ref ={{Sfnref|巌佐|1990}}
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*{{cite book ja-jp
|editor= 日本生態学会
|others=巌佐庸・舘田英典(担当編集委員)
|author=巌佐庸
|chapter = 第2章 人口増殖と環境収容力
|pages=17&ndash;27
|title=集団生物学
|series=シリーズ 現代の生態学 1
|year=2015
|edition=初版
|publisher=共立出版
|isbn =978-4-320-05744-9
|ref ={{Sfnref|巌佐|2015}}
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*{{cite book ja-jp
|author=寺本英
|editor =川崎廣吉・重定南菜子・中島久男・東正彦・山村則男
|title=数理生態学
|year=1997
|edition=初版
|publisher=朝倉書店
|isbn =4-254-17100-5
|ref ={{Sfnref|寺本|1997}}
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*{{cite book ja-jp
|author=ジョエル・E・コーエン
|title=新「人口論」―生態学的アプローチ
|translator = 重定南奈子・瀬野裕美・高須夫悟
|publisher=農山漁村文化協会
|year=1998
|edition=初版
|isbn=4-540-97056-9
|ref={{Sfnref|コーエン|1998}}
}}
*{{cite book ja-jp
|others =三村昌泰(総監修)、瀬野裕美ほか(監修)
|author=ジェームス・D・マレー
|translator =勝瀬一登・吉田雄紀・青木修一郎・宮嶋望・半田剛久・山下博司
|title=マレー数理生物学入門
|year=2014
|edition=初版
|publisher=丸善出版
|isbn =978-4-621-08674-2
|ref ={{Sfnref|マレー|2014}}
}}
*{{cite book ja-jp
|author=イアン・スチュアート
|translator =水谷淳
|title=数学で生命の謎を解く
|year=2012
|edition=初版
|publisher=ソフトバンククリエイティブ
|isbn =978-4-7973-6969-4
|ref ={{Sfnref|スチュアート|2012}}
}}
*{{cite book ja-jp
|author=ホルスト R.ティーメ
|others =斉藤保久(監訳)
|title=生物集団の数学(上)―人口学,生態学,疫学へのアプローチ
|year=2006
|edition=第1版
|publisher=日本評論社
|isbn =4-535-78418-3
|ref ={{Sfnref|ティーメ|2006}}
}}
*{{cite book ja-jp
|author=Steven H. Strogatz
|translator=田中久陽・中尾裕也・千葉逸人
|title=ストロガッツ 非線形ダイナミクスとカオス―数学的基礎から物理・生物・化学・工学への応用まで
|publisher=丸善出版
|year=2015
|isbn=978-4-621-08580-6
|ref={{Sfnref|Strogatz|2015}}
}}
*{{cite book ja-jp
|author=Morris W. Hirsch; Stephen Smale; Robert L. Devaney
|translator=桐木紳・三波篤朗・谷川清隆・辻井正人
|title=力学系入門 原著第2版―微分方程式からカオスまで
|publisher=共立出版
|edition=初版
|year=2007
|isbn=978-4-320-01847-1
|ref={{Sfnref|Hirsch et al.|2007}}
}}
*{{cite book ja-jp
|others=瀬野裕美(責任編集)
|editor=日本数理生物学会
|title=「数」の数理生物学
|publisher=共立出版
|series=シリーズ 数理生物学要論 巻1
|year=2008
|edition=初版
|isbn=978-4-320-05675-6
|ref={{Sfnref|日本数理生物学会|2008}}
}}
*{{cite book ja-jp
| editor= 人口研究会
| year = 2010
| title = 現代人口辞典
| location = 東京都
| publisher = 原書房
| edition = 初版
| isbn = 978-4-562-09140-9
|ref ={{Sfnref|人口研究会|2010}}
}}
*{{cite book ja-jp
|editor= 日本生態学会
|title=生態学入門
|year=2004
|edition=初版
|publisher=東京化学同人
|isbn =4-8079-0598-8
|ref ={{Sfnref|日本生態学会 |2004}}
}}

==外部リンク==
{{Commonscat|Logistic functions|ロジスティック関数}}
*フェルフルストの原論文
**{{cite journal |last=Verhulst |first=Pierre-François |year=1838 |title=Notice sur la loi que la population suit dans son accroissement |url=https://books.google.co.jp/books?id=8GsEAAAAYAAJ&pg=PA113&hl=ja&source=gbs_toc_r&cad=4#v=onepage&q&f=false |journal=Correspondance mathématique et physique |volume=10 |pages=113-121 }} - [[Google ブックス]]
**{{cite journal|first= Pierre-François |last=Verhulst |year= 1845| title = Recherches mathématiques sur la loi d'accroissement de la population | journal = Nouveaux Mémoires de l'Académie Royale des Sciences et Belles-Lettres de Bruxelles |volume = 18| pages = 1–42 | url = http://gdz.sub.uni-goettingen.de/dms/load/img/?PPN=PPN129323640_0018&DMDID=dmdlog7}} - Göttinger Digitalisierungszentrum
*{{MathWorld|title=Logistic Equation|urlname=LogisticEquation}}


== 関連項目 ==
*[[個体群動態学]]
*[[競争 (生物)|競争]]
*[[人口動態学]]
*[[ロトカ=ヴォルテラの方程式]]


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2016年2月22日 (月) 14:09時点における版

ロジスティック方程式の解(ロジスティック曲線)の例。4つの曲線は、それぞれ初期値とパラメータ値が異なっている。

ロジスティック方程式(ロジスティックほうていしき、英語:logistic equation[1])は、生物個体群サイズの成長を説明する数理モデルの一種。ある一定環境内に、単一種あるいは単一種とみなせるような生物が生息するときに、その生物の個体数の変動を予測できる。人間の場合でいえば、人口の増減予測・分析に用いられるものである。1838年にベルギーの数学者ピエール=フランソワ・フェルフルスト(Pierre-François Verhulst)により、トマス・ロバート・マルサスの『人口論』の不自然さを解消するためのモデルとして発表された[2]。その後、アメリカの生物学者レイモンド・パール(Raymond Pearl)らが再発見し、式を普及させた。

式の解はロジスティック曲線ロジスティック関数として知られる。発案者の名からVerhulst方程式、発案者と普及者の名からVerhust-Peal方程式とも呼ばれる[3]。ロジスティック式やロジスティック微分方程式と表記される場合もある[4][5]

個体群生態学で研究される個体群成長モデルとしては入門的なもので、より複雑な現象に対応するモデルの基礎を与えるものでもある[6]。数学においては、微分方程式論力学系の初等的な話題としても取り上げられる[7][8]

個体群増加のモデル

フィボナッチによるウサギのつがいの増殖問題

生物の個体数の変動については古くから興味を持たれ、研究が行われてきた。フィボナッチ数の発見に繋がったレオナルド・フィボナッチウサギの個体数の問題が、おそらく最も古い個体数の数理モデルといわれる[9][10]

生物の個体数の増え方に関する研究は、個体群生態学の分野に属する[11]。ここで、個体群とは簡単には、ある領域に生息している単一のの個体の集まりのことを指す[12][13]

この個体群の"サイズ"の成長や増殖の指標としては、個体群内の総個体数や、領域の単位面積当たりの個体数である個体群密度、バイオマスのような重量などが考えられる[14]。人間でいえば、人口人口密度に相当する[15]

マルサスモデル

マルサスモデルによる個体数増加曲線の様子。赤色が m = 4、紫色が m = 2、藍色が m = 1。いずれも最初は N =1 だが、その後の急激な成長が見て取れる。

多くの生物では、親は多くの子孫を作るので、それがそのまま生き残ると仮定すれば、あっという間に莫大な個体数となる。ねずみ算など、数学的小話の種である[16]。個体群増殖のモデルとして、まずはこのような単純なモデルを考えられる。ただし、実際の生物個体数は不連続な整数の値をとるものであるが、個体数を実数として連続した値をとるものとする(すなわち1.5個体といったような値も含める)ことが、数学的扱いを簡便にするためにしばしば行われる[17]。ここでも同様に個体数は連続な値とする。

ある個体群において、個体数 N の時間 t に対する増加率すなわち増加速度が、N の値自体に比例するとすれば、

という微分方程式で表される[18]。ここで m は比例定数である。このような式の個体数増加は指数関数となって、人間でいえば、あっという間に人口爆発を引き起こす。この様な個体群成長のモデルは、生物個体(人口)の増加が幾何級数的であることを最初に指摘したトマス・ロバート・マルサスに因んでマルサスモデルと呼ばれる[19][20]。比例定数 m もマルサスの名からマルサス係数と呼ばれ、単位は一個体当たりの増加速度となる[4]

しかし、このモデルは現実と違いすぎる[21]。現実の生物は、ある有限の環境下で生息しており、個体数が多くなると、各個体にとって必要な資源が得にくくなる[22]。そこに生息できる個体数には上限があると見るのが自然である[23]。つまり、個体数が多くなると、その増加にブレーキがかかるものと想像される[24]

ロジスティック方程式

式の表現

上記のようにマルサスモデルは非現実的な面を持つ。個体数が多くなると増加速度が抑えられことを表現するために、個体数 N が増加するにつれて増加率 m が減少するモデルが自然である[23]。また、個体数がある上限を超えたら増殖速度は負となり、個体数は減少に向かうと考えられる[1]。これらの点を簡単に表せば、マルサス係数 m

と置ける[22]。すなわち m の値は、単純に N の値に反比例するというモデルである。これをマルサスモデルに代入して、次の微分方程式を得ることができる。

この微分方程式をロジスティック方程式と呼ぶ[25]。あるいは個体群成長モデルの一種としてロジスティックモデルとも呼ばれる[6]

ロジスティック方程式の K環境収容力と呼ばれ、その環境における個体数の定員である[26]r は上記のマルサス係数と同じく一個体当たりの増加速度だが[27][28]、特に内的自然増加率と呼ばれ、その生物が実現する可能性のある最大増加速度を示している[29]。通常のロジスティック方程式では、Kr は時間に関わらず一定とみなし、正の定数と考える[28][30]

ロジスティック効果

マルサスモデルからロジスティック方程式へ拡張したときに行ったことは、個体群生態学における密度効果を取り入れたことに相当する。式をより簡素にするために、 k = r / K と置けば、

とも書ける[31]。上記では N は個体数として説明したが、ロジスティック方程式では有限な環境を前提にしているので、N を単位面積当たりの個体数である個体群密度でもある[32]。上式右辺の括弧内では、元々の最大増加率であった r より、個体群密度 N に比例した kN を減ずる形になっている。すなわち、N の増加が増加速度 da/dN にブレーキをかける効果をもたらしている。このように、個体群密度が個体群の変動にフィードバック的に影響を与えることを密度効果と呼ぶ[33]。特にロジスティック方程式では、個体群密度が高くなると個体群規増加速度に負の効果を与える種類の密度効果となっており、これをロジスティック効果と呼ぶ[34][35]

ロジスティック方程式では個体群密度増加に比例して増加速度が一方的に低下することを想定したが、個体群密度増加によって増加速度が上昇する場合も考えられる[36]。例えば、ある程度個体群密度が高くないと、交尾の相手が見つけるのが困難となって結果として増加速度が低下する場合などである[37]。よって、個体密度が低い内は個体群密度増加によって増加速度が上昇する種類の密度効果も考えられ[38]、このような種類の密度効果をアリー効果と呼ぶ[39]

個体数と増加速度の関係

縦軸が dN/dt、横軸がNのグラフ。ロジスティック方程式における、dN/dtN の関係が示されている。

ロジスティック方程式における個体数増加速度 dN/dtと個体数 N の関係に着目すれば、この関係は初等教育でも習う二次関数そのものとなっており、dN/dtNグラフ放物線を描く。r が正の値なので、dN/dtN のグラフの形状は上に凸の放物線となる。以下では、式を解かなくともわかる範囲で N を変化させていったときの dN/dt の変化を読み解いていく。

まず、N = 0 と N = K のとき、dN/dt = 0 となる。すなわち、いくら時間が経過しても個体数は増加も減少もしない状態となる。このような状態は定常状態平衡状態と呼ばれる[40]N が 0 < N < K のとき dN/dt の値は正で、K < N となると dN/dt の値は負となる。言い換えれば、個体数が環境収容力内では常に個体数は増加するが、環境収容力を超えると個体数は減少へ転ずることになる[41]

個体数増加速度 dN/dt の変化をさらに細かく見てみると、N = 0 から N = K/2 までdN/dt の値は増加を続ける。N = K/2 は放物線の頂点であり、ここで dN/dt は極大値を迎える[42]。極大値は、N = K/2 を式に代入して dN/dt = rK/4 である。N = K/2 を超えると dN/dt は減少し始め、N = K で零となる。このような変化から読み取れることの一つは、個体数が環境収容力の半分となったときに個体増加速度は最大となる点である[42]。したがって、もし個体数の変化がロジスティック方程式に従うとしたら、増加速度が最大になるときの個体数に注目することで環境収容力、すなわち最大個体数を予測できることになる[43]

式の解

ロジスティック曲線

マルサスモデルによる指数関数的増加曲線(赤)とロジスティック曲線(青)

ロジスティック方程式は非線形の微分方程式だが、標準的な微分方程式の解法である変数分離法を利用して解くことができる[44]。時間 t = 0 における初期個体数を N0 とすると、t の関数として以下の解が得られる[45]

ここで eネイピア数である。分母・分子を N0ert で割り、次のような形でも示される[4]

この解や解によって描かれる曲線をロジスティック曲線(英語:logistic curve)、ロジスティック関数(英語:logistic function)と呼ぶ[35][46]。この曲線に従った個体群成長のことをロジスティック成長やロジスティック増殖と呼ぶ[47][48]

曲線の形状

いくつかの N0 から始まるロジスティック曲線。N > 0 の範囲では、時間発展に従って NK に収束する。
時間と個体数が負の場合も含めたロジスティック曲線の全体図。縦軸を N/K、横軸を rt として無次元化している。

上記に示されるロジスティック方程式の解の挙動を観察すると、t → ∞ の極限では、前提どおりに NK となり、マルサスモデルと異なり発散しない[49]。ただし、限りなく近づきはするが、モデルの制約上、有限時間内で N = K になることはない[43]。また、解の分母が 0 となるときは、曲線は不連続となる[49]

初期個体数 N0 が環境収容力の半分 K/2 以下のときは、曲線の形状は次のようになっている。t = 0, N = N0 から曲線は始まり、平行に近い状態から、個体数増加速度を増加させながら加速度的に立ち上がっていく。しかし、変曲点を迎えた後は増加速度を減少させながら曲線は横倒しになっていき、最終的にはほぼ平行な直線になっていく[50]。これによってS字型の曲線が描かれ、シグモイド曲線とも呼ばれる[51]。この変曲点は、dN/dtN の関係曲線の頂点に一致し、増加速度が最大となる点である[42]。そのときの個体数は前述のとおり N = K/2 であり、そのときの時間は t = ln (K/N0 - 1)/r である[35](ここで ln は自然対数である)。N0 = K/2 のときは最初から変曲点から始まり、N0 > K/2 のときは最初から変曲点を過ぎた曲線になる[40]

N0 > K で初期個体数が環境収容力を上回っているときも、時間発展に従って NK に収束していく[49]。この場合の曲線は、下に凸の曲線で K に向かって N は単調に減少し続ける[42]N0 = 0 または N0 = K であれば、その値のまま一定となる[42]

また、生物個体数のモデルとしては無意味であるが N < 0 の場合も見てみると、この場合 N は時間発展に従って減少し続け、有限時間内で −∞ へ発散する曲線を描く[49]。実際の個体数増減においては個体数はの値にならないので、0 < N < KK < N の場合が一般的には興味の対象となる[52][40]

平衡状態の安定性

ロジスティック曲線とその傾きのベクトル場の様子
方程式にもとづく NdN/dt の関係曲線。N 軸と曲線の交点が平衡状態で、安定な点と不安定な点がある。

上記で、増加速度 dN/dt = 0 のとき、いくら時間が経過しても個体数 N は増加も減少もしない状態となることから、N = 0 および N = K のときを平衡状態や定常状態と呼ぶことを説明した。平衡状態では、N = 0 または N = K という一点に留まり続ける。力学系の分野では、このような点を不動点や平衡点と呼ぶ[53]。平衡状態には安定な平衡状態不安定な平衡状態がある[54]。安定な平衡状態とは、 その平衡状態の点から少しずれたとしても、時間経過とともに平衡状態に収束することを意味している[55]。また、不安定な平衡状態とは、その平衡状態の点から少しずれただけでも、収束することなく時間経過に従ってズレがどんどん大きくなっていくことを意味している[55]。ロジスティック方程式の場合は、N = K 時の平衡状態が安定、N = 0 時の平衡状態が不安定となっている[56]。すなわち、初期個体数 N0K または 0 であれば、時間経過によらず常に同じ値を取り続けることは同じだが、N0K または 0 から少しずれたときの挙動は正反対となる[57]

この安定・不安定の様子は、ロジスティック曲線の傾きベクトル場として表すことで読み取ることができる[58]。時間経過に従って、全ての解は、これらのベクトルの矢印に沿って動いていく[59]。初期個体数が N0 > 0 であれば、t → ∞ で NK に収束し、N0 < 0 であれば、t → ∞ で −∞ に発散することが分かる[58]

あるいは、上記で説明した個体数 N と増加速度 dN/dt の関係曲線からも、安定・不安定の様子は大まかに読み取れる。N = K の点の右側に点があるとき、dN/dt の値は負なので、N は減少していき、K に近づくことになる。N = K の点の左側に点があるときは、dN/dt は正なので、N は増加していき、同じく K に近づくことになる[41]N = 0 の点についても、左右にずれたときの dN/dt の値の正負から、0 の点から離れていくことが理解できる[41]dN/dt = f(N) 、その N による微分を d(f(N))/dN = f′(N)、平衡状態の点を Ne と置いて、安定性理論における線形安定性解析の考えにもとづいてより一般的に言えば、f′(Ne) < 0 ならば Ne は安定な平衡点で、f′(Ne) > 0 ならば Ne は不安定な平衡点であると判別できる[60]。ロジスティック方程式の場合は、

なので、

となり、f′(K) = −r, f′(0) = r となることが確認できる。

生物学的評価

成立する前提

実際の生物の個体数増殖においてロジスティック方程式が成り立ち、ロジスティック曲線がその増殖データに上手く当てはまるには、次のような生物学的条件が前提として挙げられる。

  • 対象の個体群は単一個体群である[61]。すなわち、環境内には1つの種か、同等とみなせる種のみが存在し、捕食者がいない状況にあてはまる[62]
  • 対象の生物の各世代(親子)は連続的に重なっている[63]。すなわち、連続的に子が生まれ、親と子が共存する期間が存在する[64]
  • 個体は一定の大きさの環境内に常に存在する。すなわち、環境から移出したり、外部から移入が無い[28]。(用語としては閉じた個体群とも呼ばれる[65])
  • 環境の大きさは変わらず、一定状態が保たれる[28]
  • 個体群のために、食糧や資源が一定して供給される[66][28]

ショウジョウバエ真正細菌といった、微生物や単純な生物を一定環境で増殖させた場合は、上記の条件に近く、ロジスティック方程式によって個体数変化の正確な予測ができる[67][68][66]。しかし、例えば鹿鳥類などのような、一定環境のもとで増殖する設定が成立しない個体群成長には、ロジスティック方程式を適用することはできない[67]

環境を整えた飼育実験によって、ロジスティック曲線に当てはまる個体数増殖のデータを得ることはできるが、上記の生物学的条件を実験上で整えることは簡単ではない[51]。増殖を抑える原因となる老廃物を定期的に取り除く、といった配慮も必要となる[69]

実際のデータへの適用例

実験生物

ソ連・ロシアの生物学者ゲオルギー・ガウゼによる2種の酵母Saccharomyces cerevisiae, Schizosaccharomyces kefir)とそれらの混合集団による個体群サイズ成長実験データ[70]、それらのデータに対してレーベンバーグ・マーカート法でフィッティングさせたロジスティック曲線。縦軸は菌の体積、横軸は時間を示している[70]。このガウゼの実験はロジスティック曲線がよく当てはまった個体群成長実験としてよく知られる[71]


いくつかの微生物や小型の昆虫の飼育実験で、ロジスティック曲線がよく当てはまる個体数増加や個体密度増加実験のデータが得られている。例として以下のようなものがある。


一方、ロジスティック曲線に当てはまるデータは得られなかったものとしては、次のような生物の実験がある。これらの実験では、時間経過後も個体数は一定に収束せず、周期的変動が繰り返されたり、大きなゆらぎが続く個体群変動となった[77][66]

パールのキイロショウジョウバエ飼育実験

ロジスティック曲線を再発見したことで知られるパールは、リードと共にキイロショウジョウバエの飼育実験を行い、この曲線を実証した。ロジスティック曲線が上手く適合する実験の具体的様子の例として、内田俊郎の著作をもとにしてパールらの実験を簡単に説明する[78]

パールが用意した環境は小さな牛乳瓶で、供給する餌にはバナナを磨り潰して寒天で固めたものを使用した[79]。牛乳瓶の中にハエと餌を入れ、温度などの環境条件を一定にし、一定時間間隔でハエの個数を調べた[80]

実験としては3種類の実験が行われた。1つ目では、餌を始めに入れた後に餌を補給しなかった[81]。このため、個体数が増加して一定となった後、急激に減少してほぼ全滅状態となった[81]。2つ目では、一定時間間隔で餌の継ぎ足しを行い、一定状態が保たれる結果が得られた[72]。3つ目では、一定時間間隔で新しい餌の入った瓶へハエを移し替え、食糧条件だけでなく、その他の環境条件も一定に保った[72]。この結果でも一定状態が保たれ、ロジスティック曲線が当てはまるデータが得られた[72]

野外生物

野外環境では、前提条件となるような環境が保持されることはほぼ無いため、ある個体群がロジスティック曲線が当てはまるような増加の仕方を示すことは少ない[82]。自然界では環境条件は常に変化し、個体群変動のパターンも様々となる[83]

ロジスティック曲線によく当てはまる個体数増加が確認できた例として、パナマ熱帯雨林でのハキリアリの1つの巣における個体数増加結果がある[82]。理由としては、天敵がいないこと、雨量・温度の気象条件が安定していることなどにより、ロジスティックモデルの前提条件に近い環境であったことによるものと考えられている[82]。他の野外生物でロジスティック曲線に当てはまる例としては、アメリカ・アラスカ州のセントポール島におけるキタオットセイ個体数増加の結果がある[84]

人口成長

世界人口のグラフ

式を発案したフェルフルスト、および再発見と普及の役を担ったパールとリードは、人口の成長予測のためにロジスティック方程式を発案した。彼らは共に、当時までの人口統計をもとにしてアメリカ合衆国の将来の人口を予測したが、どちらの予測も実際の人口成長を言い当てることはできなかった[85][77]。さらにパールは当時の推定世界人口をもとに世界人口の上限値(環境収容力 K)の予測も行ったが、その値は26億人という予測であった[86]

評価・位置付け

ロジスティック方程式は、非常に簡単な生物学的意味からモデルを導くことができる[69]rK の2つのパラメータに種の特性に関わる議論を集約して、とても簡明なモデルを構成している[87]。また、式の特徴である個体数密度の上昇は増加速度を抑えるロジスティック効果は、個体群生態学における基本原理ともいわれる[35]。個体数が少ない内は指数関数的に増殖し、個体数が増えてくると増加が止むという現象自体は、正確に前提条件に当てはまらないような個体群成長であっても、広く認められる現象であり、この一般的傾向をロジスティック方程式は上手く表しているとも評される[88]

ただし、一見してロジスティック曲線のような個体群成長を示すデータであっても、そのデータに上手く曲線あてはめできる数理モデルは数多く存在する[69][89]。ロジスティック方程式のみが唯一当てはまるということはまずない[69]。この式が個体群成長の「普遍側」のように受け止められるのは誤解であると、数理生態学者のジェームス・D・マレーや応用数学者のスティーブン・ストロガッツは指摘している[40][66]。人口予測に関しても、人口学者のジョエル・E・コーエンは「ロジスティック曲線は短期的な予測に関しては、他の連続でなめらかな曲線と比べて特に劣っていることもないが、長期的な予測に関しても格別に秀でているわけでもない」と評している[90]。現在の将来人口推計にはコーホート要因法の使用が主流となっている[91][92]

以上のように、ロジスティック方程式が個体群成長の「普遍側」というわけではないが、個体群成長モデルにおける基礎的なアイデアを有しており、より複雑な現象に対応する様々なモデルへ拡張されたり、その考え方が取り入れられたりする[6][93]

名称の由来

フェルフルストは、1845年の論文で、"Nous donnerons le nom de logistique à la courbe"(フランス語、斜体も原文ママ)と述べ[94]、ロジスティック方程式の解による曲線を logistique と名付けた[35]。これが、式が"ロジスティック"方程式、その解曲線が"ロジスティック"曲線と呼ばれる由来である[35][32]。しかし、フェルフルストは logistique という語を使った理由を説明しなかったので、それ以上の由来は分かっていない[95][32][2]

logistique と名付けられた理由のいくつかの推測は存在する。ベルギー王国陸軍士官学校の数学教授のHugo Pastijnは、理由は不明と断った上で、

  • 陸軍大学に勤めていたフェルフルストも馴染みが有ったであろう「兵站」の意味と関連付けて logistique と名付けたのではないか
  • フェルフルストのモデルでも扱われる人口のための限られた資源と関連させて、「住居」を意味するフランス語の logis から名付けたのではないか

と、ありえそうな理由を2点ほど推測している[95]。また、19世紀当時のフランスでは、logistique には「計算に巧みな」「計算の技巧」といった意味での用例があった点も指摘されている[48][35]

派生モデルやその他の形式

2種存在する場合
ロジスティック方程式は1種のみが存在するときの(あるいは1種とみなせるときの)生物個体群変動のモデルだが、環境内に2種の生物が存在し、資源を奪い合うなどの状況でそれぞれの個体数 N1, N2 が互いの個体数増加速度に影響を与える状況が考えられる。ロジスティック方程式をそのような状況へ拡張させたものとして、以下のロトカ・ヴォルテラの競争式がある[96]
時間遅れの考慮
個体数が個体数増加速度に与えるフィードバックに時間の遅れがあり、現時点での個体数 N(t) ではなく、時間 τ だけ前の時点での個体数 N(tτ)によって個体数増加速度が影響されるときには、ロジスティック方程式を次のようなモデルに拡張できる。この式はハッチソンの方程式(英語:Hutchinson's equation)や時間遅れをもつロジスティック方程式(英語:delayed logistic equation)と呼ばれる[97]
式の変換
ロジスティック関数は非線形だが、 rK(t0t) を ln FP(t) と置くことによって、線形の扱いやすい関数に変換することができる。これはフィッシャ・プライ変換(英語:Fisher-Pry transform)と呼ばれる[98]
確率分布
統計学においては、ロジスティック曲線と同形の分布関数 f(x) を持つ連続確率分布が用いられている。これをロジスティック分布と呼ぶ[99]

歴史

フェルフルストによる発表

ピエール=フランソワ・フェルフルスト (Pierre-François Verhulst)

ベルギーブリュッセルの陸軍大学の数学者であったピエール=フランソワ・フェルフルストによって、ロジスティック方程式は発表された[100]。18世紀になると、トマス・ロバート・マルサスが出版した『人口論』に関心が高まっていた[101]マルサスモデルの説明で述べたように、マルサスは人口が指数関数的に成長していくモデルを発表し、その帰結として社会が飢饉の発生など破滅的状況を迎えることを予測した[102]。このセンセーショナルな予測は衝撃を与え、当時およびマルサス死後も長く続く論争を引き起こした[103]。「近代統計学の父」と呼ばれるアドルフ・ケトレーも、マルサスのモデルに関心を持ち、人口増減モデルについて論じた[104]。ケトレーは流体の抵抗をヒントにして、人口増加速度の減少の仕方は人口増加速度自体の二乗に比例すると考えた[105]

ケトレーから教えを受けたこともあり、友人でもあったフェルフルストは、ケトレー自身からケトレーのモデルに関する研究を勧められた[106][32]。ケトレーの考えをもとにして、人口が人口自体によって増加する一方で、人口増加を抑制する何らかの機構が働く数学的なモデルを思案した[35]。1838年、フェルフルストは、"Notice sur la loi que la population poursuit dans son accroissement"という題で研究成果を発表し、この論文の中でロジスティック方程式が提案された[106]。この論文の中でフェルフルストが実際に提案した式は、

という形であった[107][108]p は人口である[107]。これは現在ロジスティック方程式としてよく紹介される形とは少し異なるが、数学的には等価である[109]。フェルフルストは人口自体の二乗によって人口増加速度の減少効果を表現し、上記の φ(p) を導入した[108]。当時はこの式の価値を認めるものはほとんどなく、彼の死亡時の告知にも、彼の業績として取り上げられなかった[110]

パールとリードの研究と式の普及

レイモンド・パール (Raymond Pearl)

フェルフルスト発表の後、生物の個体群成長に関する実験などで、同じ式が独自にあちこちで使われ始めたが、フェルフルストの名が挙がることはなかった[111]。1920年、ジョンズ・ホプキンス大学のレイモンド・パールとローウェル・J・リードが、ロジスティック方程式と同形の式を用いてアメリカ合衆国の人口増加について論じた[2]。この研究も、フェルフルストにより先に発表されていたことを知らずに行われた[112]。翌年の1921年には、これがすでに80年近く前にフェルフルストによって発見されたことをパールらも認めた[111]。これによってパールらもロジスティック曲線という言葉を使うようになり、やっとフェルフルストの名がこの式に結びつくことになる[48][111]

パールはショウジョウバエの個体群成長の実験から、この式を実証して導いている[113]。1924年と1925年にも、アメリカ、スウェーデン、フランスなどの様々な国勢調査の人口統計にロジスティック方程式をあてはめ、各国の人口成長予測を行った[114][112]。当時、パールとリードは人口増加におけるこの式の価値を「控え目にいっても、それはケプラーの惑星の楕円運動法則に匹敵するものであるといってもよいように思われる」と自身らで高く評価している[115]。パールは、この式が個体数増殖における普遍則であるという持論を広めて回り、ロジスティック方程式の普及に大きく貢献することになる[116][117]。このため、ロジスティック曲線にはパールの名が題されることもある[86]

ロジスティック方程式からの派生

ロジスティック方程式における r はその種が実現できる最大の相対増加率であり、これが大きい方が素早く増殖できる可能性がある[118]。また、K はその環境下で生存できる個体数上限を示す[118]。1967年、ロバート・マッカーサーエドワード・オズボーン・ウィルソンは、この rK に着目して、における生物個体群の定着と絶滅に関する理論を発案した[119]。彼らの理論によれば、ある生物の島への定着が成功するには大きな r を持つことが重要であり、絶滅の回避には大きな K を持つことが重要であるとし、それぞれの方向へ淘汰されることを r淘汰K淘汰と呼んだ[120]。この説はr-K戦略説と呼ばれ、生物の生活史の進化に種内競争の観点から説明を与えた[121]

また、ロジスティック方程式の前提条件を満たすような環境であっても、個体数が一定に収束せず、多くなったり少なくなったりをいつまでも繰り返すような生物実験の結果も得られた[77]京都大学内田俊郎と藤井宏一がヨツモンマメゾウムシの培養実験でそのような結果を得たことを1953年に発表している[122]。内田らは、この結果を次のような差分方程式で分析した[123]

ここで、n は離散化された時間で、n = 1日目, 2日目, 3日目,... といったような飛び飛びの時間間隔を意味している。Nn は、ある n の時点における個体数 N を意味している。a, b, c は定数である。これは同じく京都大学の森下正明が発案した、ロジスティック曲線に全く一致する差分方程式をもとにしている[124]

ロバート・メイもロジスティック方程式の離散化を行い、今日ではロジスティック写像と呼ばれる次の差分方程式を発案した[125]

ここで、Nn は個体数の変動を意味するが、個体数そのものではなく無次元化されたものである[126]r は定数である。メイはこの差分方程式から、ロジスティック方程式の解とは全く異なる、現在ではカオスと呼ばれる非常に複雑な振る舞いが生じることを示した[127]。この結果は1974年と1976年に発表され、大きな反響を得ると共に、その後のカオス理論の隆盛に大きく寄与することになる[125][128]

脚注

  1. ^ a b Strogatz 2015, p. 25.
  2. ^ a b c 大澤光『社会システム工学の考え方』(初版)オーム社、2007年、193-194頁。ISBN 4-274-06675-7{{ISBN2}}のパラメータエラー: 無効なISBNです。 
  3. ^ ティーメ 2006, p. 38.
  4. ^ a b c 巌佐庸『生命の数理』(初版)共立出版、2008年2月25日、2-3頁。ISBN 978-4-320-05662-6 
  5. ^ K.T.アリグッド; T.D.サウアー; J.A.ヨーク 著、星野高志・阿部巨仁・黒田拓・松本和宏 訳、シュプリンガー・ジャパン 編『カオス 第2巻 力学系入門』津田一郎(監訳)、丸善出版、2012年、92頁。ISBN 978-4-621-06279-1 
  6. ^ a b c 西村欣也『生態学のための数理的方法―考えながら学ぶ個体群生態学』文一総合出版、2012年、168-169頁。ISBN 978-4-8299-6520-7 
  7. ^ 稲岡毅『基礎からの微分方程式―実例でよくわかる』森北出版、2012年、22-23頁。ISBN 978-4-627-07671-6 
  8. ^ Hirsch et al. 2007, pp. 4–7.
  9. ^ マレー 2014, p. 1.
  10. ^ スチュアート 2012, p. 333.
  11. ^ 日本数理生物学会 2008, p. 61.
  12. ^ 日本数理生物学会 2008, p. 181.
  13. ^ 寺本 1997, p. 2.
  14. ^ 寺本 1997, pp. 2–3.
  15. ^ 瀬野 2007, p. 1.
  16. ^ 巌佐 1990, p. 2.
  17. ^ 山口 1992, p. 59.
  18. ^ 巌佐 2015, p. 17.
  19. ^ 人口研究会 2010, pp. 281–282.
  20. ^ マレー 2014, p. 38.
  21. ^ マレー 2014, pp. 1–2.
  22. ^ a b 巌佐 1990, p. 4.
  23. ^ a b 寺本 1997, p. 8.
  24. ^ 日本数理生物学会 2008, p. 62.
  25. ^ 寺本 1997, p. 9.
  26. ^ マレー 2014, pp. 2–3.
  27. ^ 瀬野 2007, pp. 11, 13–14.
  28. ^ a b c d e コーエン 1998, p. 112.
  29. ^ 瀬野 2007, p. 14.
  30. ^ マレー 2014, p. 2.
  31. ^ 瀬野 2007, p. 22.
  32. ^ a b c d 瀬野 2007, p. 20.
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  35. ^ a b c d e f g h 人口研究会 2010, p. 307.
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  40. ^ a b c d マレー 2014, p. 3.
  41. ^ a b c Hirsch et al. 2007, p. 6.
  42. ^ a b c d e Strogatz 2015, p. 26.
  43. ^ a b スチュアート 2012, p. 335.
  44. ^ 山口 1992, pp. 62–65.
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  46. ^ 和田光平『人口統計学の理論と推計への応用』(初版)オーム社、2015年、31-34頁。ISBN 978-4274217166 
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  48. ^ a b c 寺本 1997, p. 10.
  49. ^ a b c d Hirsch et al. 2007, p. 5.
  50. ^ 山口 1992, pp. 65–66.
  51. ^ a b 山口 1992, p. 65.
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  55. ^ a b マレー 2014, p. 5.
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  57. ^ 巌佐 2015, pp. 22–23.
  58. ^ a b Hirsch et al. 2007, pp. 5–6.
  59. ^ K.T.アリグッド; T.D.サウアー; J.A.ヨーク 著、星野高志・阿部巨仁・黒田拓・松本和宏 訳、シュプリンガー・ジャパン 編『カオス 第2巻 力学系入門』津田一郎(監訳)、丸善出版、2012年、94頁。ISBN 978-4-621-06279-1 
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  77. ^ a b c d 山口 1992, pp. 69–71.
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  89. ^ スチュアート 2012, p. 336.
  90. ^ コーエン 1998, p. 116より引用.
  91. ^ 人口研究会 2010, p. 74.
  92. ^ コーエン 1998, p. 144.
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参考文献

※文献内の複数個所に亘って参照したものを示す。

  • 山口昌哉、1992、『カオスとフラクタル―非線形の不思議』第17刷、講談社〈ブルーバックス〉 ISBN 4-06-132652-X
  • 内田俊郎、1972、『動物の人口論―過密・過疎の生態をみる』、日本放送出版協会〈NHKブックス164〉 1345-001164-6023 ISBN 9784140011645
  • 木元新作、1979、『南の島の生きものたち―島の生物地理学』初版、共立出版〈科学ブックス38〉 1345-472380-1371 ISBN 978-4320006959
  • 瀬野裕美、2007、『数理生物学―個体群動態の数理モデリング入門』初版、共立出版 ISBN 978-4-320-05656-5
  • 巌佐庸、1990、『数理生物学入門―生物社会のダイナミックスを探る』初版、HBJ出版局 ISBN 4-8337-6011-8
  • 巌佐庸、日本生態学会(編)、巌佐庸・舘田英典(担当編集委員)、2015、「第2章 人口増殖と環境収容力」、『集団生物学』初版、共立出版〈シリーズ 現代の生態学 1〉 ISBN 978-4-320-05744-9 pp. 17–27
  • 寺本英、川崎廣吉・重定南菜子・中島久男・東正彦・山村則男(編)、1997、『数理生態学』初版、朝倉書店 ISBN 4-254-17100-5
  • ジョエル・E・コーエン、重定南奈子・瀬野裕美・高須夫悟(訳)、1998、『新「人口論」―生態学的アプローチ』初版、農山漁村文化協会 ISBN 4-540-97056-9
  • ジェームス・D・マレー、三村昌泰(総監修)、瀬野裕美ほか(監修)、勝瀬一登・吉田雄紀・青木修一郎・宮嶋望・半田剛久・山下博司(訳)、2014、『マレー数理生物学入門』初版、丸善出版 ISBN 978-4-621-08674-2
  • イアン・スチュアート、水谷淳(訳)、2012、『数学で生命の謎を解く』初版、ソフトバンククリエイティブ ISBN 978-4-7973-6969-4
  • ホルスト R.ティーメ、斉藤保久(監訳)、2006、『生物集団の数学(上)―人口学,生態学,疫学へのアプローチ』第1版、日本評論社 ISBN 4-535-78418-3
  • Steven H. Strogatz、田中久陽・中尾裕也・千葉逸人(訳)、2015、『ストロガッツ 非線形ダイナミクスとカオス―数学的基礎から物理・生物・化学・工学への応用まで』、丸善出版 ISBN 978-4-621-08580-6
  • Morris W. Hirsch; Stephen Smale; Robert L. Devaney、桐木紳・三波篤朗・谷川清隆・辻井正人(訳)、2007、『力学系入門 原著第2版―微分方程式からカオスまで』初版、共立出版 ISBN 978-4-320-01847-1
  • 日本数理生物学会(編)、瀬野裕美(責任編集)、2008、『「数」の数理生物学』初版、共立出版〈シリーズ 数理生物学要論 巻1〉 ISBN 978-4-320-05675-6
  • 人口研究会(編)、2010、『現代人口辞典』初版、原書房 ISBN 978-4-562-09140-9
  • 日本生態学会(編)、2004、『生態学入門』初版、東京化学同人 ISBN 4-8079-0598-8

外部リンク