ポポル・ヴフ

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ポポル・ヴフ』(Popol Vuh)または『ポポル・ウフ』(Popol Wuj)は、キチェ族の伝承や来歴について書かれた神話である。ユカテコ語写本集である『チラム・バラムの書』などと共にかつてのマヤ族宗教を知る上での貴重な資料の一つである。

書名

青山和夫によると、この書名は「会議の書」を意味し、キチェ語で「紙・書」を意味する語はウーフなので、『ポポル・ウーフ』と呼ぶべきだろうとする[1][2]。いっぽうアドリアン・イネス・チャベスは『Pop Wuj』が正しい題で、「古代の出来事の書」「聖なる時間の書」という意味になるとしたが、必ずしも認められていない[3]

概要

ヒメーネスによる現存最古の写本

この書の成立は16世紀に遡り、本来はマヤ文字により記されていたと推定されている[4]。しかしマヤ文字で書かれたものは現存しない。今日記録において知られている最古のものは18世紀初頭にチチカステナンゴのサン・トマス寺院でドミニコ会フランシスコ・ヒメーネス英語版により発見されたラテン文字表記によるキチェ語本である。この原本も後に失われてしまったものの、ヒメーネスは資料の筆写を行い、『カクチケールとキチェーとツトゥヒールの三言語の術の書』というキチェ語・カクチケル語ツトゥヒル語の文法書・語彙集の付録として原語とスペイン語への翻訳を含めた[5][6]。ヒメーネスの写本は出版されることなくグアテマラの図書館に置かれていたが、その後フランスブラッスール・ド・ブールブールの所有となった。ブラッスール・ド・ブールブールはフランス語への翻訳を1861年に出版した。1912年以来、シカゴのニューベリー図書館が所蔵している[7]

第一部および第二部の内容は、フンアフプーとシュバランケーの兄弟が偽の太陽であるヴクブ・カキシュシパクナーら親子を討伐し、地下世界シバルバーの神々から与えられた試練を乗り越えた末に、兄弟が天に昇り太陽となるまでの物語が主な軸となっている。

第三部には、キチェ族の始祖の歴史が記されている。神の手によりトウモロコシの粉から人間が創造される物語の存在などは、後古典期のマヤ族の宇宙観を窺わせる要素である。

他民族の神話との関連性

シパクナーが討伐される原因となったのは自分の命を狙ってきた400人の若者を返り討ちにした為である。この400人の若者たちは後にプレアデス星団となったと伝えられている。また、真の太陽となるフンアフプー達に討たれるまでシパクナーは父親と共に太陽を僭称していた。それはすなわち太陽が夜の象徴である々を滅ぼし、昼の世界に君臨する様を暗示している。こうした一連の流れにはアステカ族の神話において太陽神ウィツィロポチトリが月の女神コヨルシャウキや星を表す400人のセンツォンウィツナワ英語版との戦いに勝利し、コヨルシャウキを惨殺したと語られている事との共通性が見られるとの指摘がなされている[8]

脚注

  1. ^ 青山(2015) pp.80-81
  2. ^ ミラー&タウベ(2000)では書名を『ポポル・ウフ』とし、「評議会の書」と訳すなど、青山とほぼ同様に解釈している
  3. ^ 実松(2016) pp.276-280
  4. ^ ロンゲーナ(2002:22)。
  5. ^ Carmack (1973) p.162-164
  6. ^ レシーノス(1972:321)
  7. ^ Popol Vuh, The Newburry, https://www.newberry.org/popol-vuh 
  8. ^ 横山(2007:41)。ただし、『絵によるメキシコ人の歴史英語版』には400人の男達がセンツォンウィツナワである事についてや星を表す存在であるとの明記はなく、またコヨルシャウキも登場しない。

参考文献

  • マリア・ロンゲーナ 著、植田覺 監修、月森左知 訳『[図説]マヤ文字事典』創元社、2002年。ISBN 4-422-20232-4
  • A. レシーノス英語版 原訳・校註、林屋永吉 訳『ポポル・ヴフ』中公文庫、1972年。(中央公論社刊1961年の文庫化)
  • 青山和夫『マヤ文明を知る事典』東京堂出版、2015年。ISBN 9784490108729 
  • 実松克義『マヤ文明:文化の根源としての時間思想と民族の歴史』現代書館、2016年。ISBN 9784768457726 
  • メアリ・ミラー、カール・タウベ 著、増田義郎監修・武井摩利 訳「ポポル・ウフ」『マヤ・アステカ神話宗教事典』東洋書林、2000年、287-290頁。ISBN 4887214219 
  • 松本亮三、馬場悠男、篠田謙一 監修、横山玲子 他共著『失われた文明 「インカ・マヤ・アステカ」展』NHK/NHKプロモーション、2007年。
  • Carmack, Robert M. (1973). Quichean Civilization: The Ethnohistoric, Ethnographic, and Archaeological Sources. University of California Press. ISBN 9780520019638. http://www.ucpress.edu/op.php?isbn=9780520019638 

関連項目