牧野康明

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牧野 康明
時代 江戸時代後期
生誕 寛政12年2月2日1800年2月25日
死没 文政10年7月25日1827年9月15日
改名 房之助(幼名)、康明
戒名 歓照院殿喜誉光月耀山大居士
墓所 長野県小諸市の牧野家墓地
官位 従五位下、周防守、内膳正
幕府 江戸幕府
信濃国小諸藩
氏族 牧野氏
父母 父:牧野康儔、養父:牧野康長
兄弟 康長康明
正室:鳥居忠熹の娘
養子:康命
娘(小笠原長穀室)、娘(新庄某室)

牧野 康明(まきの やすあきら)は、信濃小諸藩の第7代藩主。越後長岡藩分家牧野家9代。

寛政12年(1800年)2月2日、第5代藩主牧野康儔の次男として生まれる。文政元年(1818年)12月16日に従五位下・周防守に叙位・任官する。文政2年(1819年)、兄で第6代藩主の康長隠居に際し、その養子として家督を継いだ。文政5年(1822年)11月25日に内膳正に遷任する。

文政10年(1827年)7月25日、江戸小石川邸で死去した。享年28。跡を養子の康命が継いだ。