照ノ海十二

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照ノ海 十二(てるのうみ じゅうじ、1937年7月18日-)は、荒磯部屋伊勢ヶ濱部屋に所属した元力士。本名は鈴木 十二(すずき じゅうじ)。現在の秋田県横手市出身。174cm、96kg。最高位は西十両17枚目。得意技は左四つ、寄り。

経歴[編集]

横手市立浅舞中学校で相撲を始めたが、平鹿郡大会で負けたので一時的に止め、野球部に転向した。ポジションは一塁手を務めた。秋田県立大曲農業高等学校に進学してからは相撲を再開し、2年生の時には青年相撲で優勝し、北海道巡業から帰る途中で立ち寄っていた5代伊勢ヶ濱から照國杯を貰った時に素質を見出されて入門した[1]。ある年の巡業先で預かった酒を宿に忘れ、発車寸前の汽車から慌てて飛び降り、酒を取りに戻った。1954年9月場所に初土俵。1962年5月場所に十両昇進。しかしこの場所は3勝12敗と大きく負け越し、十両在位はこの1場所に終わった。幕下下位で負け越した1965年5月場所に27歳で廃業した。

主な成績[編集]

  • 通算成績:225勝211敗6休 勝率.516
  • 十両成績:3勝12敗 勝率.200
  • 現役在位:59場所
  • 十両在位:1場所

場所別成績[編集]

   
照ノ海 十二
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1954年
(昭和29年)
x x x x (前相撲) x
1955年
(昭和30年)
東序ノ口10枚目
6–2 
東序二段35枚目
6–2 
東三段目84枚目
5–3 
x 西三段目61枚目
5–3 
x
1956年
(昭和31年)
東三段目42枚目
5–3 
西三段目16枚目
5–3 
西三段目3枚目
3–5 
x 東三段目7枚目
4–4 
x
1957年
(昭和32年)
西三段目3枚目
3–5 
西三段目8枚目
6–2 
東幕下63枚目
3–5 
x 西幕下68枚目
0–4–4 
西三段目7枚目
4–4 
1958年
(昭和33年)
西三段目5枚目
5–3 
東幕下75枚目
6–2 
西幕下64枚目
3–5 
西幕下67枚目
5–3 
西幕下57枚目
4–4 
東幕下56枚目
3–5 
1959年
(昭和34年)
東幕下62枚目
7–1 
東幕下39枚目
6–2 
西幕下29枚目
4–4 
東幕下28枚目
2–6 
東幕下40枚目
3–5 
東幕下48枚目
3–5 
1960年
(昭和35年)
西幕下59枚目
6–2 
西幕下35枚目
6–2 
西幕下23枚目
4–4 
西幕下22枚目
1–6 
西幕下42枚目
3–4 
東幕下46枚目
6–1 
1961年
(昭和36年)
西幕下29枚目
3–4 
西幕下34枚目
5–2 
東幕下21枚目
4–3 
東幕下18枚目
5–2 
東幕下10枚目
5–2 
西幕下4枚目
3–4 
1962年
(昭和37年)
西幕下6枚目
4–3 
西幕下3枚目
4–3 
西十両17枚目
3–12[2] 
東幕下8枚目
3–4 
西幕下9枚目
2–5 
東幕下16枚目
4–3 
1963年
(昭和38年)
東幕下15枚目
4–3 
東幕下13枚目
3–4 
西幕下15枚目
6–1 
西幕下4枚目
4–3 
東幕下2枚目
4–3 
東幕下筆頭
0–5–2 
1964年
(昭和39年)
東幕下29枚目
3–4 
西幕下32枚目
2–5 
西幕下42枚目
4–3 
西幕下38枚目
5–2 
東幕下29枚目
4–3 
西幕下24枚目
3–4 
1965年
(昭和40年)
西幕下29枚目
2–5 
西幕下47枚目
2–5 
東幕下61枚目
引退
2–5–0
x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 鈴木 十二(すずき じゅうじ)1954年9月場所 - 1955年1月場所
  • 照ノ海 十二(てるのうみ じゅうじ)1955年3月場所 - 1965年5月場所

参考文献[編集]

  • 大相撲力士名鑑平成13年版、水野尚文、京須利敏、共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709

出典[編集]

  1. ^ 相撲人名鑑(照ノ海 十二)
  2. ^ 左手首関節脱臼により千秋楽不戦敗

関連項目[編集]

外部リンク[編集]