澤田知子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
澤田 知子
生誕 1977年4月25日
兵庫県神戸市
国籍 日本の旗 日本
著名な実績 写真(セルフ・ポートレート)
受賞 木村伊兵衛写真賞(2004)
公式サイト www.e-sawa.com

澤田 知子 (さわだ ともこ、1977年4月25日 - )は、兵庫県神戸市出身の写真家成安造形大学客員教授。セルフポートレートの手法を用いた写真表現を行う。

来歴[編集]

1977年(昭和52年)、兵庫県神戸市長田区に生まれる[1]。1990年(平成2年)には中高一貫の女子高である松蔭中学校に入学し、中学3年の頃に美術教師の椿昇の影響で美術に興味を抱いた[1]。1996年(平成8年)に松蔭高等学校を卒業すると美術短大に入学し、その後成安造形大学写真コースの3年に編入、畑祥雄の指導を受けた[1]

2000年(平成12年)には成安造形大学 写真クラス卒業、写真新世紀優秀賞受賞2003年(平成15年)には成安造形大学の非常勤講師となる。2004年(平成16年)4月、26歳の時に第29回木村伊兵衛写真賞を受賞した[1]。この際に審査員を務めた篠山紀信は澤田の受賞を強く推している[1]

2004年5月には国際写真センター(ICP)の「インフィニティー賞」 若手写真家部門を受賞。2008年(平成20年)には文化庁在外派遣研修員としてニューヨークに留学した。『ID 400』は計5,000部を売り上げ、うち700部は日本国外で売れた[1]。2015年(平成27年)には写真新世紀の審査員を務めた。

評価[編集]

東京都現代美術館学芸員の笠原美智子は澤田について、「作品は奇抜に見えても、自分を客体にして従来の女性像を見直す正統派の女性写真家」と評している[1]

キュレーターの福のり子は澤田知子の『ID400』に対しコメントを寄せている。この作品をはじめて見たとき、福のり子は、澤田知子が『ID400』を見て、自らのコンプレックスをさらけ出し、勝負を挑んでいると感じ、「関西人ではないか」というように疑ったという。実際に澤田知子は兵庫県神戸市生まれである。[2]

特徴[編集]

澤田知子はセルフレポートについて「内面と外面の関係」についてどういうものか考えるために制作していると述べている。実際に『ID400』では「Relation between inside and outside」という文章がある。[2]

『OMIAI』については、まさに見合い写真として実際に写真館で撮影している。様々な女性の写真が写っているように見える作品。しかし実際は全て同一人物、澤田知子である。キュレーターの竹久侑はそれによって見合い写真(外面)から人柄(内面)を読み取ろうとする私たちの行為を逆手にとっていると考える。[2]

創作のテーマは内面と外見との関係性であるが、これは制服に憧れて神戸の中、高校に進んだにもかかわらずいじめにあい、モテなかったという容姿のコンプレックス体験に根ざしている。2000年度キャノン写真新世紀特別賞を受賞した卒業制作「ID400」は化粧や髪形、服装、体形を変えて、400人の人物に変身し、街の証明写真機で自らを撮った作品であるが、同一人物だと気づいた人はほとんどいなかったというエピソードがある。[3]

発言[編集]

澤田知子は以下の2つの言葉を残している。

撮る事を仕事にしたいと思った事は一度もない。効率が悪いから自分でシャッターを押さない — 澤田知子[4]
小学校低学年の頃、逆上がりができなくて毎日練習を繰り返し、やっと出来る様になった。そのとき、「努力した報われる」 — 澤田知子[4]

著作[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 島﨑今日子『〈わたし〉を生きる 女たちの肖像』2011年, 紀伊國屋書店, pp.208-213
  2. ^ a b c 『美術手帖』850号・2004年6月, 美術出版社
  3. ^ 読売新聞, 2014年9月8日夕刊
  4. ^ a b 『AERA』2005年6月27日号, 76ページ

外部リンク[編集]