岐阜県立武義高等学校

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武儀高校から転送)
岐阜県立武義高等学校
小倉山城跡の展望台から望む岐阜県立武義高等学校(2018年(平成30年)10月13日撮影)
国公私立の別 公立学校
設置者 岐阜県
学区 全県学区
校訓 うまず・おくせず・たくましく
設立年月日 1920年大正9年)
創立記念日 2月12日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科(3 - 4クラス)
商業科(1クラス)
情報処理科(1クラス)
学期 2期制(前期・後期)
所在地 501-3729
外部リンク 公式サイト
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小倉山城跡の展望台から望む岐阜県立武義高等学校の全景

岐阜県立武義高等学校(ぎふけんりつ むぎこうとうがっこう)は、岐阜県美濃市泉町にある公立高等学校

学校概要[編集]

創立
1920年大正9年)2月12日
学科
校訓
  • うまず(何事に対しても根気よく努力する)
  • おくせず(どのような困難に対しても敢然と挑戦する)
  • たくましく(心身ともに力強く生きる)
制服
男女共にブレザーが指定されている。

校名[編集]

校名については、学校の公式サイトにおいて、「校名の前身は、1920年大正9年)に創設された旧制の武義中学校であり、 校名はこれを継承したものである。 この校名は、旧「武儀郡」(現在の美濃・関市域を含む)の名に由来するが、 「儀」ではなく「義」と表記されたのは、単に武儀郡だけの地域的な学校とするのではなく、 「武士道」の「武」と「正義」の「義」を合わせ持った高潔な人格を形成するという当時の理想が込められたためとする説、 また奈良時代には、中濃地域を中心とする広域が「武義郡」と表記されていたことから、 本中学校の校下が郡上郡や加茂郡の一部を含む広域にわたっていたことと符合することなどに求める説がある。」と由来を紹介している。

沿革[編集]

特色[編集]

教育面の特色[編集]

2年次より文系理系に分かれ、きめ細かな対応をおこなっている。毎週月曜日の7限に週末課題に対するテストが行われるほか、夏期休業時や土曜日の補習、サテライト授業などを通して学力の向上が図られている。

商業科では簿記会計などの専門教育に重点が置かれているほか、日商簿記検定などの資格取得にも力が注れている。

情報処理科ではコンピューターを駆使した事務処理技術・知識の獲得を目的とし、また商業科と同様に資格取得にも重点が置かれている。

学校行事[編集]

毎年9月には武義高祭と呼ばれる文化祭が行われるほか、体育祭、芸術鑑賞が行われている。

修学旅行は2年次に行われ、普通科は九州、商業・情報処理科は台湾へ渡航。

2018年平成30年)度から普通科、商業・情報処理科共に九州へ変更。

部活動[編集]

運動系の部活動では2006年(平成18年)に男子団体が、2005年(平成17年)は女子団体・個人が全国高校総体に出場を果たした弓道部が全国レベルの実力を誇り、東海大会に毎年出場している。また、バレーボール部(男子)が県大会上位にくいこむ実力がある。文化系では吹奏楽部が岐阜県アンサンブルコンテストなどで優秀な成績を修める活躍を見せている。硬式野球部は1948年昭和23年)と1998年(平成10年)の夏の岐阜大会でベスト4へ進出した。

運動系部活動[編集]

文化系部活動[編集]

進路状況[編集]

普通科の生徒は多くが進学を希望しており、そのうち7・8割程度の生徒が四年制大学へと進学する。学区内には普通科設置高校が少ないため進路は国公立大学私立大学から専門学校まで多岐にわたっている。普通科の毎年15 - 30名程度の生徒が国公立大学へと進学する。商業科・情報処理科の生徒も進学希望が多く、就職する生徒は学校全体で毎年15 - 30名程度である。普通科の就職希望生徒は皆無といっていいほどいない。

主な大学進学先
岐阜大学岐阜聖徳学園大学中部大学愛知大学中京大学名古屋学院大学愛知学院大学南山大学名城大学 ほか多数。
主な専門学校進学先
岐阜県立衛生専門学校岐阜県立多治見看護専門学校 ほか多数。
就職先
三菱日立ホームエレベーター ほか多数。

出身者[編集]

アクセス[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]