横浜町立横浜小学校
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横浜町立横浜小学校 | |
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北緯41度05分09.74秒 東経141度15分15.82秒 / 北緯41.0860389度 東経141.2543944度座標: 北緯41度05分09.74秒 東経141度15分15.82秒 / 北緯41.0860389度 東経141.2543944度 | |
過去の名称 |
横浜小学 横浜小学校 横浜尋常小学校 横浜尋常高等小学校 横浜村立横浜小学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 横浜町 |
併合学校 |
有畑小学校 大豆田小学校 南部小学校 |
設立年月日 | 1874年8月 |
共学・別学 | 男女共学 |
学校コード | B102210002186 |
所在地 | 〒039-4135 |
青森県上北郡横浜町字林ノ後32番1号 | |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
横浜町立横浜小学校(よこはまちょうりつ よこはましょうがっこう)は、青森県上北郡横浜町林ノ後にある公立小学校。主な進学先は、横浜中学校。
概要
[編集]- 当校は、横浜町唯一の小学校であり、横浜町内全域が学区となっている。
沿革
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
- 1874年(明治7年)8月 - 横浜小学として設置。当時は、下級小学4年、上級小学4年の「四・四制」だった。
- 1875年(明治8年)8月28日 - 西福寺を教場として、授業開始。
- 1880年(明治13年)11月 - 現在の町役場の位置に校舎が新築移転。
- 1881年(明治14年)
- 4月 - 有畑分教場が設置され、有畑・浜田・鶏沢・大豆田を通学区域とした。
- 日付不明 - 横浜小学校と改称。
- 1887年(明治20年) - 有畑分教場が、有畑尋常小学校として独立。
- 1888年(明治21年) - 横浜尋常小学校と改称。
- 1892年(明治25年)4月 - 高等科を併置し、横浜尋常高等小学校と改称。
- 1901年(明治34年)4月 - 百目木分教場が設置され、百目木・吹越・牛ノ沢を通学区域とした。
- 1902年(明治35年)4月 - 校舎が寺下61番地に移転。
- 1928年(昭和3年)
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令により、横浜国民学校と改称。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学校教育法施行により、横浜村立横浜小学校と改称。同日、新設の横浜中学校を併置。
- 1948年(昭和23年)4月 - 豊栄平分校が設置され、豊栄平・善知鳥・第一明神平を通学区域とした。また、百目木分教場が、百目木小学校として独立。
- 1950年(昭和25年)4月 - 豊栄平分教場が、豊栄平小学校として独立。
- 1954年(昭和29年)
- 1955年(昭和30年)11月3日 - 創立80周年記念式典挙行。
- 1958年(昭和33年)4月1日 - 横浜村の町制施行により、横浜町立横浜小学校と改称。
- 1959年(昭和34年) - 簡易水道が完備された。
- 1964年(昭和39年)4月1日 - 特殊学級開級。
- 1965年(昭和40年)
- 1966年(昭和41年)12月20日 - 創立90周年記念式典挙行。
- 1975年(昭和50年)4月27日 - 創立百周年記念式典挙行。
- 1996年(平成8年)5月 - 創立120周年記念式典挙行[1]。
- 2015年(平成27年)12月 - 校舎・体育館新築工事[2]。
- 2016年(平成28年)4月1日 - 有畑・大豆田・南部の各小学校を統合。同日、新校舎完成[3]。
周辺
[編集]アクセス
[編集]- JR大湊線陸奥横浜駅から、徒歩約870m・約9分(直線距離は近いが、道路の関係で遠回りとなる)。
- 下北交通
- 「横浜」バス停から、徒歩約925m・約15分。
- 「横浜新町」バス停から、徒歩約955m・約15分。
- 横浜町役場から、車で約850m・約2分。
参考資料
[編集]- 『横浜町郷土史年表』(横浜町役場総務企画課・1982年12月20日発行)「明治以後編」103頁~180頁
- 『青森県教育史 別巻』(青森県教育委員会・1973年12月20日発行)「学校沿革 小学校」815頁「横浜小学校」
脚注
[編集]- ^ 『東奥年鑑1998』(東奥日報社・1997年9月1日発行)226頁「市町村政 - 市町村概況」の「横浜町 おもなできごと」から参照。
- ^ 平成27年度施工実績 - 興陽電設株式会社
- ^ 横浜町立横浜小学校校舎が完成しました - RAB開発