柔らかい肌
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| 柔らかい肌 | |
|---|---|
| La Peau douce | |
|
| |
| 監督 | フランソワ・トリュフォー |
| 脚本 |
フランソワ・トリュフォー ジャン=ルイ・リシャール |
| 出演者 |
ジャン・ドサイ フランソワーズ・ドルレアック ネリー・ベネデッティ |
| 音楽 | ジョルジュ・ドルリュー |
| 撮影 | ラウール・クタール |
| 編集 | クローディーヌ・ブーシェ |
| 製作会社 |
フィルム・デュ・カロス SEDIF SIMAR |
| 配給 |
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| 公開 | |
| 上映時間 |
113分 119分(フランス版ディレクターズ・カット) 110分(ポルトガル短縮版) |
| 製作国 |
|
| 言語 |
フランス語 ポルトガル語(一部) 英語(一部) |
『柔らかい肌』(やわらかいはだ、原題: La Peau douce)は、フランソワ・トリュフォーの監督による、1964年のフランスの長編映画である。第17回カンヌ国際映画祭に出品された。
ストーリー
[編集]バルザックの評論も書いている著名な評論家ピエール・ラシュネーは、リスボンへの講演旅行の途中で、美しいスチュワーデスのニコル・ショメットと出会う。ニコルもまたピエールに魅かれ、リスボンのホテルで2人は関係を持つ。その日から、ピエールのスリリングな二重生活が始まる。ピエールには長年連れ添った妻フランカがいたが、2人の恋は徐々に深みにはまっていく。
キャスト
[編集]| 役名 | 俳優 | 日本語吹替 |
|---|---|---|
| ピエール・ラシュネー | ジャン・ドサイ | 小山田宗徳 |
| ニコル・ショメット | フランソワーズ・ドルレアック | 池田昌子 |
| フランカ・ラシュネー | ネリー・ベネデッティ | 初井言栄 |
| クレマン | ダニエル・セカルディ | 加茂嘉久 |
| ミシェル | ジャン・ラニエ | |
| オディル | ポール・エマニュエル | |
| サビーヌ | サビーヌ・オードパン | 菅谷政子 |
| イングリッド | ローランス・バディ | 平井道子 |
| フランク | ジェラール・ポワロ |
※初回放送1971年7月8日『木曜洋画劇場』
解説
[編集]
- 「ラシュネー」はトリュフォーの親友のロベール・ラシュネーから。トリュフォーは自分のペンネームにもその姓を使ったことがある。
- パリ=オルリー空港、ランス、リスボンなどでロケが行われた。
- ランスの映画館で上映されたアンドレ・ジッドの映画は、ジッドの元愛人であるマルク・アレグレ監督のドキュメンタリー『アンドレ・ジッドとともに』。また、この映画館に貼られているのはマルセル・オフュルス監督の『バナナの皮』とジャン・コクトー監督の『オルフェの遺言』のポスター。
- 予算節約のため、講演会の客席のカットは『二十歳の恋』での音楽会の客席のカットを流用した。そのため、客席にはジャン=ピエール・レオの姿が見える。ちなみに、このとき彼は助監督として撮影現場で働いていた。
- ニコルがリスボンのホテルで泊まる部屋の番号は813。この数字はモーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンものの一作『813』にちなんだもので、以後のトリュフォー映画にも頻出する。
- ピエールとニコルが泊まる宿の名前「ラ・コリニエール」はジャン・ルノワール監督の『ゲームの規則』の舞台となる館の名前と同じ。
- フランカにナンパして罵られる男は、共同シナリオライターのジャン=ルイ・リシャール。
- 第17回カンヌ国際映画祭では良い評価を得られなかった[2]。
脚注
[編集]- ^ a b La Peau douce - IMDb
- ^ Hobermann, J. (2011年3月9日). “Truffaut's Unjustly Neglected The Soft Skin Ripe for Reappraisal”. The Village Voice 2012年5月29日閲覧。
外部リンク
[編集]- The Soft Skin - ウェイバックマシン(2013年12月12日アーカイブ分) - TCM Movie Database
- La Peau douce (The Soft Skin) - Rotten Tomatoes
- 柔らかい肌 - allcinema
- 柔らかい肌 - KINENOTE
- La Peau douce - オールムービー
- La Peau douce - IMDb