松平直平

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松平直平

松平 直平(まつだいら なおひら、明治2年5月9日1869年6月18日) - 昭和14年(1939年7月30日)は、明治時代から昭和時代前期の華族。旧松江藩松平定安の四男。旧広瀬藩松平直巳の養子。通称は篤郎。先妻は中山信徴の娘で田中喜之助養女の久。継妻は戸田氏共の三女幸子。養子に松平近義亀井茲常の三男)。

経歴[編集]

明治9年(1876年)に養父が隠居したため家督を相続した。明治17年(1884年)、子爵に叙爵し、明治30年(1897年)7月10日より大正14年(1925年)7月10日まで貴族院議員を務め、昭和14年(1939年)に71歳で没した。

栄典[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第2212号「叙任及辞令」1934年5月19日。
  2. ^ 『官報』号外「叙任及辞令」1938年2月11日。

参考文献[編集]

  • 日本人名大辞典(講談社)
日本の爵位
先代:
叙爵
子爵
広瀬松平家初代
1884年 - 1939年
次代:
松平近義