松平正邦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
松平正邦
時代 江戸時代中期
生誕 元禄9年4月10日1696年5月10日
死没 宝永5年12月26日1709年2月5日
改名 久千代(幼名)→正邦
陸奥会津藩世嗣
氏族 会津松平家
父母 父:松平正容、母:智現院
兄弟 元姫、正邦、春之助、正甫、栄之丞、
順姫、正房、万吉、養姫、政五郎、容貞、常姫、容章
婚約者:徳川綱吉養女・竹姫
テンプレートを表示

松平 正邦(まつだいら まさくに)は、江戸時代中期の陸奥国会津藩の世嗣。

略歴[編集]

元禄9年(1696年)、陸奥会津藩主・松平正容の長男として誕生。宝永2年(1705年)刊行の武鑑では「松平久千代丸」の名と付役として梶原傳九郎の名が掲載されている。

正容の嫡子となり、宝永3年(1706年)に徳川綱吉に初お目見えを得る。

宝永5年(1708年7月25日には綱吉の養女である竹姫と婚約するが、家督を相続することも婚礼を挙げることもなく同年12月26日(1709年2月5日)に夭折した。代わって弟・正甫が正容の嫡男となった。

系譜[編集]

参考文献[編集]

  • 『新訂寛政重修諸家譜 第1』(続群書類従完成会)
  • 『改定増補 大武鑑 上巻』(橋本博、1965年、名著刊行会)