松任城
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| 松任城 (石川県) | |
|---|---|
|
城跡(松任城址公園) | |
| 別名 | 一名蕪城、鏑木城 |
| 城郭構造 | 平城 |
| 天守構造 | 不明 |
| 築城主 | 松任範光 |
| 築城年 | 鎌倉時代初期 |
| 主な改修者 | 前田利長 |
| 主な城主 | 松任氏、鏑木氏、前田氏 |
| 廃城年 | 元和元年(1615年) |
| 遺構 | 曲輪 |
| 指定文化財 | 未指定 |
| 位置 |
北緯36度31分30.04秒 東経136度33分57.21秒 |
| 地図 | |
松任城(まっとうじょう)は、石川県白山市(旧松任市)古城町にあった日本の城。
概略[編集]
松任範光が鎌倉時代初期に築城したと伝えられている。長享の時に鏑木繁常が松任城主となる。
1577年(天正5年)の手取川の戦いの際に上杉謙信が攻略して落城したとも、織田軍によって落城したともいわれる(『越登賀三州志』)。1580年(天正8年)に柴田勝家が松任城を落城させると、家臣徳山則秀が入城した。賤ヶ岳の戦いの恩賞で1583年(天正11年)に前田利長に松任4万石を与えられ越前府中城より移った。富山の役の恩賞で利長が越中3郡を与えられ、松任にはこの戦いの失態で処分を受けた丹羽長重が移されたが、後に加増を受けて小松城に移った。江戸時代に入って、一国一城令により廃城となる。
松任城が存在した一帯にはおかりや公園の名称があったが[1]、2010年に松任駅周辺の再開発とともに公園の整備に着手[1]。名称を松任城址公園(まっとうじょうしこうえん)に改称し翌年の2011年に一般開放された[1]。公園内には石垣の一部が復元されている。現在は桜の名所としても知られている。
公園周辺[編集]
脚注[編集]
- ^ a b c “生まれ変わった松任城址公園 きょうから一般開放”. 中日旅行ナビぶらっ人(中日新聞). (2011年4月15日) 2019年6月20日閲覧。