新問駅

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新問駅(にいといえき)は、樺太敷香郡泊岸村に存在した鉄道省樺太東線である。

歴史[編集]

  • 1930年(昭和5年)11月3日 - 樺太鉄道知取駅 - 当駅間(32.5km)開業により、南新問駅(みなみにいといえき)として設置。
  • 1936年(昭和11年)8月30日 - 当駅 - 敷香駅間(43.0km)延伸開業。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 樺太鉄道の国有化により、樺太庁鉄道東海岸線の駅となる。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 南樺太の内地化にともない、鉄道省(国有鉄道)に編入。同時に新問駅(2代)に改称[1]
  • 1945年(昭和20年)8月 - ソ連軍が南樺太へ侵攻、占領し、駅も含め全線がソ連軍に接収される。
  • 1946年(昭和21年)
    • 2月1日 - 日本の国鉄の駅としては、書類上廃止。
    • 4月1日 - ソ連国鉄に編入。ロシア語駅名は「ノーヴォエ」。

駅名の由来[編集]

当駅の所在する地名からであり、地名はアイヌ語の「ニイ・トイ」(樹木のある所)、「ニイ・ツイ」(樹木を伐る)による[2]

運行状況[編集]

1944年当時[3]

現在はポロナイスク駅チーハヤ駅発着の1往復、ユジノサハリンスク駅、ノグリキ駅発着の特急1往復のみ停車する。

駅周辺[編集]

  • 新問川

隣の駅[編集]

鉄道省樺太鉄道局
樺太東線
茂受駅 - 新問駅 - 泊岸駅

脚注[編集]

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  1. ^ 同日、泊岸駅方1.2kmに在った初代・新問駅は廃止(日本鉄道旅行地図帳 滿洲・樺太(今尾恵介原武史 監修 新潮社 2009年)p.66 より)
  2. ^ 南樺太:概要・地名解・史実(西村いわお・著、高速印刷センター内出版部 1994年)p.454
  3. ^ 南樺太:概要・地名解・史実 p.60