文田哲雄

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文田 哲雄(ふみた てつお、1933年[1] -)は、日本洋画家。鹿児島県立短期大学名誉教授[2]。鹿児島市立美術館第12代館長[3]二科会会員で、評議員や参与を歴任[3][4]

人物[編集]

鹿児島県[4]徳之島徳之島町[1]または天城町[5])生まれ。京都府立京都第二中学校 (旧制)から鹿児島県立第二鹿児島中学校 (旧制)に転校し、学制改革で鹿児島県立甲南高等学校となった同校を1955年に卒業[6]。在学中に結核を発症して療養のため休学したので、旧制鹿児島二中・新制鹿児島甲南高校に通算で約9年間在籍し、本来は甲南高校3期生だったが6期生として卒業した[6]。高校在学中は美術部に在籍し、南日本美術展の奨励賞や県教育委員会賞(1954年)を連続受賞[1][6]多摩美術大学に進学し、同大学2年生の1957年に南日本美術展県知事賞(最高賞)を受賞[1][7]1959年に多摩美術学校を卒業[3]。県立高等学校の教諭を経て[3]鹿児島県立短期大学講師[7]、教授[5]

1961年から二科展に出品し[1]1964年第49回二科展絵画部特選受賞[4]1968年第53回二科展絵画部パリ賞を受賞して[4]会友に推挙され、翌年フランス留学[7]1970年に二科会会員に推挙される[1][4]1977年第62回二科展絵画部で会員努力賞[4]1990年第45回南日本美術展で「白い船・少女・天使」が記念大賞[1]1999年に県立短期大学教授を退官し[1]2003年5月20日に鹿児島市立美術館館長に就任[3]2011年に館長を退任[5]2016年、鹿児島県県民表彰を受ける[2]

作風[編集]

早くから少女像を描き続けており、堅実で写実奈描写を基本としながらもあわいエロチシズムをもって甘美な女性の美しさを表現する、幻想性・怪奇性に富む作風[1][5][7]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 鹿児島市立美術館・編『20世紀回顧・鹿児島と洋画展』(20世紀回顧・鹿児島と洋画展実行委員会、2000年)143頁
  2. ^ a b 鹿児島県県政かわら版vol.141(2016年12月)
  3. ^ a b c d e 朝日新聞2003年5月21日鹿児島版朝刊25頁
  4. ^ a b c d e f 二科展絵画部ギャラリー 会員 文田哲雄 2019年9月23日閲覧
  5. ^ a b c d 2012.1.4(水)-3.31(土)『大嵩禮造と先輩や仲間たち展』(児玉美術館) 2019年9月23日閲覧
  6. ^ a b c 鹿児島県立甲南高等学校創立百周年記念事業同窓会実行委員会『樟風遙か』(2006年11月)84-85頁
  7. ^ a b c d 南日本新聞社・編『郷土人系 下』(春苑堂書店、1970年)80-81頁