文人 (日本)
日本文化史の用語としての文人(ぶんじん)は、中国文化史の文人を念頭に、文学や芸術に広く通じた知識人を指す。例として、服部南郭・祇園南海・柳沢淇園・木村蒹葭堂・頼山陽・富岡鉄斎らが挙げられる。文人文化[1]・文人趣味[2]・文人意識[3]・文人サロン[4]などとも表現される。
文人とは
[編集]中国の文人と同様、明確な定義は無い[5]。中国の文人が科挙官僚(士大夫)と表裏一体だったのに対し、日本には科挙が無かったことなどから、日中の文人は似て非なる存在である[5]。
揖斐 2009 は先行研究を総合して、以下の4点を文人の要件としている[6]。
- 読書人であり、高度の知識人である[6]。
- 重大な政治権力の行使に直接的には関わらない[6]。
- 詩文書画など古典的な文学・芸術に堪能で、かつ多芸多才である[6]。
- 世俗的な価値基準より自己の内面的な精神生活の充実を重視し、反俗的・隠逸的・尚古的な姿勢を示す[6]。
具体的には、文人画(南画)[7]・書道[8]・漢詩[8]・狂歌[8][9]・随筆[8][10]・読本[8]・戯作[8][11]・煎茶[8][1][12]・陶磁器[1]・古銅器[13]・投壺[8][14]・古琴[14]・飼育園芸[14]・篆刻[8][15]・文房趣味[8][16]・好古趣味[17]といった趣味を嗜んだこと(文人趣味)、サロン的な交友ネットワークを築いたこと(文人サロン)[4]、一字姓の慣習(例えば服部南郭=服南郭)に顕著なように、古代中国への憧憬を抱いたこと[18]、老荘的[1]・壺中天的[16]な隠逸を志向したこと、などの特徴が挙げられる。
文人と呼ばれる人物は、江戸時代中期[6](享保ごろ[19]・宝暦天明文化期)以降に多く現れた。その筆頭として、服部南郭ら古文辞派の漢詩人や[16][6]、祇園南海・柳沢淇園が挙げられる[6]。ただし、戦国時代の三条西実隆[20]、平安時代の菅原道真・大江匡房ら[21][22]を文人として取りあげる研究もある。
江戸時代の文人は、様々な職業や身分の人間が、隠退後や余暇に兼業するものだった[8]。しかし幕末になると専業的な文人も現れた[8]。
明治大正期に活動した富岡鉄斎が「日本最後の文人」とされる[23]。
研究史
[編集]文人の研究は、20世紀後半、中村幸彦が開拓し[17][24]、日野龍夫らが後に続いた[17]。中村幸彦は、青木正児による中国文人の研究を踏まえていた[25]。
平安時代の文人については、中村幸彦は掘り下げなかったが[26]、後に工藤重矩らが掘り下げた[27][22]。
文人一覧
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d 安原 2023.
- ^ 水田 1977.
- ^ 中村 1959.
- ^ a b 揖斐 2009.
- ^ a b 荒井 1994, p. 3;11.
- ^ a b c d e f g h 揖斐 2009, p. 4.
- ^ 水田 1977, p. 192f.
- ^ a b c d e f g h i j k l 中村 1995.
- ^ 揖斐 2009, 江戸狂歌サロンの実像.
- ^ 揖斐 2009, 奇物奇談の考証サロン.
- ^ 水田 1977, p. 188.
- ^ 水田 1977, p. 202.
- ^ 山本堯『太古の奇想と超絶技巧 中国青銅器入門』新潮社、2023年、122頁。ISBN 978-4106023033。
- ^ a b c 水田 1977, p. 204.
- ^ 水田 1977, p. 198.
- ^ a b c 日野 1994, p. 556f.
- ^ a b c 大沼 2003, p. 174.
- ^ 日野 1975, p. 35.
- ^ 中村 1959, p. 5.
- ^ 脇田 1994, p. 534.
- ^ 宋 2021.
- ^ a b 工藤 1993.
- ^ “富岡鉄斎と近代の日本画|展覧会|大和文華館”. 大和文華館 (2021年). 2024年5月25日閲覧。
- ^ 水田 1977, p. 186.
- ^ 中村 1959, p. 3.
- ^ 中村 1959, p. 4.
- ^ 宋 2021, p. 14.
参考文献
[編集]- 荒井健 編『中華文人の生活』平凡社、1994年。ISBN 4582482066。
- 揖斐高『江戸の文人サロン 知識人と芸術家たち』吉川弘文館、2009年。ISBN 9784642056786。
- 工藤重矩「平安朝における「文人」について」『平安朝律令社会の文学』ぺりかん社、1993年(原著1982年)。ISBN 9784831506061。
- 熊倉功夫 編『遊芸文化と伝統』吉川弘文館、2003年。ISBN 9784642028196。
- 大沼宜規「寛政改革と文人 「好事」「好古」観をめぐって」2003年、173-194頁。
- 諏訪春雄; 日野龍夫 編『江戸文学と中国 江戸シリーズ4』毎日新聞社、1977年 。
- 宋晗『平安朝文人論』吉川弘文館、2021年。ISBN 9784130860628。
- 中村幸彦「文人意識の成立」『岩波講座日本文学史 第9巻』岩波書店、1959年 。/ 再録:「近世文人意識の成立」『中村幸彦著述集 第11巻 漢学者記事』中央公論社、1982年。
- 中村幸彦「文人作家について」『新編日本古典文学全集78・英草紙/西山物語/雨月物語/春雨物語』小学館、1995年。ISBN 4096580783 。
- 日野龍夫『徂徠学派 儒学から文学へ』筑摩書房、1975年。国立国会図書館書誌ID:000001244305。/ 再録:『日野龍夫著作集 第1巻 江戸の儒学』ぺりかん社、2005年、ISBN 9784831511027
- 安原真広『江戸時代の「文人」とは何者だったのか。サントリー美術館で「没後190年 木米」が開幕』美術手帖、2023年 。2024年5月25日閲覧。