小林傭佶

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

小林 傭佶(こばやし ようきち、1920年(大正9年) - 1993年(平成5年))は、日本実業家学校経営者北海道古宇郡神恵内村生まれ。1942年(昭和17年)東京商科大学卒。「小林傭吉」「小林用吉」とも表記される

来歴[編集]

三菱重工業勤務を経て、1949年昭和24年)明和学園理事( - 1954年(昭和29年))。1957年(昭和32年)札幌日交タクシー社長1959年(昭和34年)小樽日興交通社長。1960年(昭和35年)釧路日興交通社長。1961年(昭和36年)日交興業開発(後の小林企業)社長。1965年(昭和40年)明和学園理事( - 1993年(平成5年))。1967年(昭和42年)札幌短期大学学長1979年(昭和54年)学校法人札幌学院大学副理事長。1986年(昭和61年)小林企業代表取締役会長1987年(昭和62年)学校法人札幌学院大学理事長1991年(平成3年)北海道中小企業団体中央会会長。

家族としては、子息に小林企業(後のケー・ケー)元社長、日本エス・イー元社長の小林英愛がいる。

エピソード[編集]

日本民主青年同盟の元メンバーで札幌文科学院(後の札幌学院大学)設立にも関わる

受賞歴[編集]

参考文献[編集]

『北海道人物・人材情報リスト2004 な-わ』(日外アソシエーツ編集・発行、2003年)

先代:
室谷賢治郎
札幌短期大学学長
第5代:1967年 - 1971年
次代:
村岡重夫
先代:
三井武光
学校法人札幌学院大学副理事長
第3代: 1979年 ‐ 1987年
次代:
足羽進三郎
先代:
中島好雄
学校法人札幌学院大学理事長
第7代: 1987年1993年
次代:
山本武