学校法人跡見学園

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学校法人跡見学園
法人本部
法人本部
創立者 跡見花蹊
理事長 山崎一穎
創立 1875年
所属学校 跡見学園女子大学
跡見学園中学校・高等学校
所在地 東京都文京区大塚一丁目5番9号
北緯35度43分6.3秒
東経139度44分4秒
ウェブサイト 跡見学園
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跡見学園(あとみがくえん)は、跡見学園中学校・高等学校跡見学園女子大学を傘下に持つ私立学校法人

沿革[ソースを編集]

1875年跡見花蹊が東京神田区中猿楽町に「私立跡見学校」として開校したのが最初。生徒は4〜5歳から17〜18歳までの良家の子女が中心であった。生徒数は順調に増えて猿楽町が手狭になったため、「更ニ壮大ノ校舎ト幽曠ノ庭園ヲ営ミ、大ニ改良ノ方法ヲ施シ、以テ完全ノ女風ヲ養成セント」して、1887年小石川区柳町の敷地約2000坪の新校舎に移転した。

1906年に五年制高等女学校令に準拠したが、絵画習字裁縫などは配当時間を多く採って特有の課目とした。戦後の学制改革の後1950年短期大学を開学。1965年女子大学を開学した。

その他[ソースを編集]

「ごきげんよう」の挨拶の発祥とされ、大和和紀が書いた漫画「はいからさんが通る」のモデル(漫画内は「跡『無』学園」の名)となったのがこの学園であると言われている[要出典]。1908年頃に流行した『ハイカラ節』には、目白の女子大学や上野の音楽学校と並ぶハイカラな女学生として下のように歌われている[要出典]

歩みゆかしく行き交うは
その名も君を恋し川 跡見女学校の女学生
背なに垂れたる黒髪に
挿したるリボンがヒラヒラ 紫袴がサラサラ
春の胡蝶の戯れか

最初の部分は「しなしなしなと行き交うは」と歌われたこともある。「恋し川」は「小石川」にかけたもの。

華族女学校(現・学習院)の生徒の袴が海老茶であることから「海老茶式部」と呼ばれたのに対して、跡見の生徒は紫の袴であったことから「紫衛門」(赤染衛門からの連想)と呼ばれた。 学校茶道も、この学園から始まった。

設置校[ソースを編集]

廃止校[ソースを編集]

著名な卒業生[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]