姉帯小鳥谷根反の珪化木地帯

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根反川支流河床に露出する横たわった巨大な珪化木。特別天然記念物の「根反の大珪化木」から約2.5キロ上流にある。長さは約13 mメートル、太さ直径は100 cmセンチメートルもある[1]。2022年9月8日撮影。

姉帯小鳥谷根反の珪化木地帯(あねたいこずやねそりのけいかぼくちたい[† 1])は、岩手県二戸郡一戸町にある、地中に多数の珪化木を含む、国の天然記念物に指定された地層である[2][3][4]

珪化木とは、地中に埋没した樹木の幹や根などにケイ酸分の多い地下水等がしみ込み、長期間の作用により二酸化ケイ素置換されることによって、材質全体が石化したもので、完全に置換されると年輪など植物組織がそのまま保存される一種の化石である[5]

一戸町を流れる馬淵川と、その支流の平糠川が合流する地点の、姉帯(あねたい)および小鳥谷(こずや)地区、そして馬淵川に注ぐ小さな支流、根反川上流の根反(ねそり)地区の地層中には、状態の優れた珪化木が広い範囲に多数含まれており[6][7]、川の流水による侵食で地表に露わになった珪化木だけでなく、地中には未発見の夥しい数の珪化木が眠っていると考えられている[8]。地表に露出している珪化木だけでも、直立した状態で根株が残る珪化木が狭い範囲に多数ある場所もあり、地質学者らには、化石の森化石林 などと呼ばれている[9]。周辺一帯は日本国内における最大規模の珪化木包含地帯であり、1941年(昭和16年)2月21日に「姉帯小鳥谷根反の珪化木地帯」として国の天然記念物に指定された[2][3][4][10]

解説[編集]

研究史と天然記念物指定の経緯[編集]

姉帯小鳥谷根反の珪化木地帯の位置(岩手県内)
姉帯 小鳥谷 根反の 珪化木地帯
姉帯
小鳥谷
根反の
珪化木地帯
姉帯小鳥谷根反の珪化木地帯の位置[† 2]

岩手県北部の二戸郡一戸町を流れる馬淵川の流域は、水流で地層が洗われた河川敷に珪化木が点在しており、中でも根反(ねそり)地区にある、高さは6.36 mメートル、直径1.8 mという巨大な直立した珪化木は1936年昭和11年)に根反の大珪化木として国の天然記念物(その後1952年(昭和27年)には特別天然記念物に格上げされている。)に指定されるなど、馬淵川上流部一帯は珪化木の多産地帯として古くより知られていた[8][11]

姉帯侍村地区の馬淵川河床に露出した珪化木群。1940年(昭和15年)6月撮影。
左記の画像の比較スケッチ。
AからCは
Pinoxilon mabetiense
DからFは
Qurecinium anataiense[12]
亘理による姉帯侍村地区の珪化木群の対比画像

約1700万年前の新生代第三紀に降り積もった火山灰により埋もれたもので、樹種としてはセコイアメスギなどの、一般にレッドウッドと呼ばれる針葉樹が多いが、ブナナラケヤキなどの広葉樹も含まれている[3]。当該天然記念物指定エリア流域の河床や川岸には、保存状態の良い多数の露出した珪化木があり、その多くは横たわった状態であるが[4]、中には根や株がそのまま残った直立した状態の珪化木もあることから、周辺の珪化木は別の場所から流されてきたものではなく、元々この場所に生育していた樹木が立木のまま埋没したものと考えられ、原地堆積性であることを示している[3]

馬淵川一帯の珪化木について詳細な学術調査を行い、珪化木の組織を採取して樹種を特定し最初に記載したのは、東京大学理学部植物学教室の亘理俊次である[13]。亘理は日本国内における珪化木研究を最も早くに手掛けた人物で、特に亘理による馬淵川上流域一帯の調査は、日本の珪化木研究の本格的な始まりとして知られている[14][15]

亘理が当地での調査を行うこととなったのは、1940年(昭和15年)の初夏に、天然記念物調査委員で地質学者脇水鉄五郎に勧められたことが契機であったという[16]。亘理は同年6月に当地を訪れ[17]岩手県師範学校の鳥羽源蔵と、珪化木が所在する(当時の)姉帯村小鳥谷村浪打村当局各位の案内により[16]、一帯の河川敷を踏査し、多数の材化石fossil wood化石分類群を参照)を組織的(解剖学的)に調べ上げ、その結果を同年の『日本植物学輯報』(第11巻)に発表した。この時に亘理が記載し明らかにされた種は9種、そのうち次の7種が亘理によって新種記載された[18]

  • Pinoxylon mabetiense Watari 1941a
  • Quercinium anataiense Watari 1941a
  • Ulminium zelkowiforme Watari 1941a(後に Laurinium machiliforme Watari 1941aへ組替え)
  • Piceoxylon Wakimizui Watari 1941b
  • Taxodioxylon sequoianum (Merckl.) em. Gotha
  • Fegonium hondoense Watari 1941b
  • Acerinium iwatense Watari 1941b(後に Prunus iwatenseへ組替え)
1940年(昭和15年)6月に撮影された、旧姉帯村の下村地区を流れる馬淵川の河床に露出した巨大な珪化木。種は Pinoxylon mabetiense Watari 1941a[19]

なお、亘理はこの他に広葉樹の一種を認めているが、保存状態が悪く科属すら判明しなかったため[20]、種名は与えていない[21]

この報告により、馬淵川上流域一帯の新第三系白鳥川層群[22]最下部の「四ツ役層」と呼ばれる地層には、夥しい量の珪化木が豊富に含まれていることが判明し[11]、この結果を受けて[17]、亘理の調査から間もない半年後の、1941年(昭和16年)2月21日に「姉帯小鳥谷根反の珪化木地帯」として国の天然記念物に指定された[2][3][4]

指定後の経過[編集]

天然記念物の指定範囲は、馬淵川本流と平糠川との合流地点より馬淵川本流に沿った上流5,000 mメートル、同合流地点より平糠川に沿った上流3,000 m。ならびに根反川と馬淵川本流との合流地点より根反川に沿った上流5,500 m以内の河川敷と定められている[6][10]

指定地一帯の珪化木には、根付きの直立樹幹を持つものと、横たわった状態の2つのタイプがあり、前者は現地性、すなわち化石林とよばれるもので、後者は異地性、すなわち火山泥流岩屑流などによって移動してきたものと考えられている[23]

これらの珪化木を観察することが出来るのは、河川の水流によって洗われたことで、たまたま川岸や河床に露出したものであるが、このことは反対に洪水などが発生すれば流失してしまうことを意味する[8]。実際に、亘理が1940年(昭和15年)に馬淵川や平糠川で撮影した珪化木の多くは、その後の洪水などにより今日では姿を消している[6][14]

その一方で、新たに発見される珪化木もあり、主に岩手県内の研究者らにより継続的な調査活動が行われ、2014年平成26年)には岩手県立博物館の教育普及事業の一環として、一般参加者も募って根反川一帯の珪化木地帯を歩く観察会が開催されるなど、教育や文化活動に活用されている[24]

交通アクセス[編集]

所在地
  • 岩手県二戸郡一戸町姉帯・小鳥谷・根反
交通

参考文献・資料[編集]

  • 加藤陸奥雄他監修・品田譲・村井貞充、1995年3月20日 第1刷発行、『日本の天然記念物』、講談社 ISBN 4-06-180589-4
  • 文化庁文化財保護部監修、1971年5月10日 初版発行、『天然記念物事典』、第一法規出版
  • 亘理俊次(1941-a)「天然紀念物 姉帯・小鳥谷・根反の珪化木」『採集と飼育』第4巻第6号、日本科学協会、1942年6月8日、 171-178頁、 ISSN 0036-3286
  • 亘理俊次(1941-b)「天然紀念物 姉帯・小鳥谷・根反の珪化木 其二 小鳥谷村及び浪打村根反の珪化木」『採集と飼育』第4巻第11号、日本科学協会、1942年11月8日、 333-338頁、 ISSN 0036-3286
  • 村井貞充(地質鉱物担当)他、1972年7月15日 初版発行、『岩手の自然 名勝と天然記念物を訪ねて』、社団法人 岩手県文化財愛護協会 岩手県立図書館内
  • 一戸町町誌編纂委員会 編纂、1986年8月1日 発行、『一戸町誌 (下巻)』、一戸町 全国書誌番号:87025519
  • 杉山了三「一戸町珪化木地帯の地質観察会報告とTaxodioxylon sequoianum」『岩手の地学 第45号』、岩手県地学教育研究会 岩手大学教育学部土谷信高研究室内、2015年6月30日、 47-58頁。
  • 杉山了三「一戸町根反川沿いの珪化木 その4 Fagus hondoensis Watari 1941b,1952, Liguidambarなどの発見」『岩手の地学 第48号』、岩手県地学教育研究会 岩手大学教育学部土谷信高研究室内、2018年6月30日、 64-74頁。
  • 田村徹、高川智弘「堆積学研究会 2002年春季研究集会野外見学会「一戸堆積盆の形成発達史」参加報告」『日本堆積学会誌』第55巻第55号、日本堆積学会、2002年5月13日、 55-58頁、 doi:10.4096/jssj1995.55.55ISSN 1882-9457
  • 寺田和雄 福井県立恐竜博物館「日本から産出する珪化木について(ふぉっしる)」『化石』第83巻、日本古生物学会、2008年3月31日、 64-77頁、 doi:10.14825/kaseki.83.0_64ISSN 2424-2632

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 当該天然記念物の名称には、姉帯、小鳥谷、根反の3地区の地名が冠されているが、文化財の指定名称の表記としては各地区名の間に「・(中黒)」を入れた「姉帯・小鳥谷・根反の珪化木地帯」とするものや、指定当時の官報のように「姉帶小鳥谷根反ノ珪化木地帶」と「・」を入れない記載表記もある。本記事での記事名は、検索等で分かりやすいよう「・」を入れない記事名とした。
  2. ^ 当該天然記念物は河川敷の広範囲が指定されているが、地点を示すため座標数値は文化庁文化財データベースに記載された数値を使用した。

出典[編集]

  1. ^ 杉山(2015)、p.51
  2. ^ a b c 文化庁国指定文化財等データベース - 姉帯小鳥谷根反の珪化木地帯
  3. ^ a b c d e 村井(1995)、p.985
  4. ^ a b c d 文化庁文化財保護部監修(1971)、p.241。
  5. ^ 品田(1995)、p.985
  6. ^ a b c 一戸町(1986)、pp.843-844。
  7. ^ 田村・高川(2002)、pp.57-58。
  8. ^ a b c 村井(1972)、pp.80-81。
  9. ^ 杉山(2015)、p.47
  10. ^ a b 文部省告示第百二十七號」『官報』第4236号、大蔵省印刷局、792頁、1941年2月21日https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2960734/5 
  11. ^ a b 寺田(2008)、p.67
  12. ^ 亘理(1941-a)、p.172
  13. ^ 亘理俊次先生のプロフィール Professor Dr. Shunji WATARI 1906-1993 東京大学植物標本室(TI) 東京大学総合研究博物館
  14. ^ a b 杉山(2015)、p.53
  15. ^ 寺田(2008)、pp.65-66
  16. ^ a b 亘理(1941-a)、p.171
  17. ^ a b B20 珪化木 亘理俊次博士が記載したシマネミズキ 東京大学総合研究博物館
  18. ^ 杉山(2015)、pp.53-54
  19. ^ 亘理(1941-a)、p.170
  20. ^ 亘理(1941-a)、p.178
  21. ^ 杉山(2015)、p.54
  22. ^ 白鳥川層群 二戸市指定記念物 文化庁文化遺産オンライン。
  23. ^ 杉山(2018)、p.73
  24. ^ 杉山(2015)、pp.56-57


関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯40度11分25.66秒 東経141度19分35.4秒 / 北緯40.1904611度 東経141.326500度 / 40.1904611; 141.326500