大聖寺 (京都市)

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大聖寺
大聖寺 (京都市) 外観.jpg
大聖寺 2013年京の冬の旅特別公開
所在地 京都府京都市上京区烏丸今出川上ル御所八幡町109
位置 北緯35度1分51.5秒 東経135度45分32.0秒 / 北緯35.030972度 東経135.758889度 / 35.030972; 135.758889座標: 北緯35度1分51.5秒 東経135度45分32.0秒 / 北緯35.030972度 東経135.758889度 / 35.030972; 135.758889
山号 岳松山
宗派 臨済宗系単立
本尊 釈迦如来
創建年 永徳2年(1382年
開基 足利義満、無相定円尼(開山)
正式名 大聖寺門跡
別称 御寺御所
札所等 神仏霊場巡拝の道98番
法人番号 8130005001782
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大聖寺(だいしょうじ)は、京都市上京区にある寺院。花の御所、すなわち室町幕府の跡地の一部を占める。宗旨は臨済宗系の単立。山号は岳松山。本尊は釈迦如来御寺御所とも称する、天皇家ゆかりの尼門跡寺院である。非公開のため拝観不可。

歴史[編集]

開基は無相定円禅尼。無相定円は俗名を日野宣子といい、足利義満正室・日野業子の叔母であり、光厳天皇の妃である。同人は貞治7年(1368年)、光厳天皇の法事が天龍寺で行われた際、春屋妙葩を導師として落飾(出家)した。足利義満は花の御所(足利将軍邸)内の岡松殿に無相定円を住まわせた。無相定円が永徳2年(1382年)に没した後、岡松殿を寺にしたのが大聖寺である。寺号は無相定円の法名に因み、山号の岳松山は岡松殿に由来する。

寺はその後、長谷(ながたに、現・左京区岩倉長谷町)に移転し、さらに文明11年(1479年)には毘沙門町(現・上京区上立売通寺町西入る)に移転した。寺は延宝元年(1673年)に焼失し、元禄10年(1697年)に現在地に再興された。現在地はもと聖護院のあったところで、同院が延宝3年(1675年)に焼失し、現在の左京区に移転した跡地に大聖院が再興されたものである。

正親町天皇の皇女が入寺した際、天皇から尼寺第一位の綸旨を得、御寺御所と称される尼門跡寺院となっている。[1]

文化財[編集]

  • 重要文化財
    • 絹本著色一翁院豪像[2]
    • 無外如大自筆譲状[3]
  • 国の登録有形文化財
    • 大聖寺本堂[4]
    • 大聖寺残月亭[5]
    • 大聖寺渡り廊下[6]
    • 大聖寺玄関[7]
    • 大聖寺表門[8]
    • 大聖寺高塀[9]
    • 大聖寺東面築地[10]
    • 大聖寺南面築地[11]
  • 京都市指定名勝

脚注[編集]

  1. ^ 歴史については、『日本歴史地名大系 京都市の地名』の「大聖寺」の項による。
  2. ^ 国指定文化財等データベース”. 文化庁. 2012年7月12日閲覧。
  3. ^ 国指定文化財等データベース”. 文化庁. 2012年7月12日閲覧。
  4. ^ 国指定文化財等データベース”. 文化庁. 2012年7月12日閲覧。
  5. ^ 国指定文化財等データベース”. 文化庁. 2012年7月12日閲覧。
  6. ^ 国指定文化財等データベース”. 文化庁. 2012年7月12日閲覧。
  7. ^ 国指定文化財等データベース”. 文化庁. 2012年7月12日閲覧。
  8. ^ 国指定文化財等データベース”. 文化庁. 2012年7月12日閲覧。
  9. ^ 国指定文化財等データベース”. 文化庁. 2012年7月12日閲覧。
  10. ^ 国指定文化財等データベース”. 文化庁. 2012年7月12日閲覧。
  11. ^ 国指定文化財等データベース”. 文化庁. 2012年7月12日閲覧。
  12. ^ 京都市指定・登録文化財-名勝-上京区”. 京都市. 2012年7月12日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『日本歴史地名大系 京都市の地名』、平凡社、1979

関連項目[編集]