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大島清 (筑波大学)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大島 清(おおしま きよし、1913年12月9日[1] - 1994年10月8日[1])は、日本の経済学者筑波大学名誉教授。専攻はマルクス経済学における経済原論金融論東京教育大学教授、筑波大学副学長、立正大学帝京大学教授を歴任。妻は作家の芝木好子。元住所(現在は退去済み)「東京都杉並区高円寺北497」[2]

人物

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1913年、北海道室蘭市網元の家に生まれる[3]小樽高等商業学校を経て、東北帝国大学卒業[1]。東北帝大では宇野弘蔵に師事し[3]、卒業後は宇野経済学の立場から経済原論金融論の研究で成果をあげた。

大島が入学した当時の東北帝国大学は旧制高等学校卒業生以外の枠外学生も入学を許可されており(傍系入学という)、傍系入学者の中に優秀な2人の大島清(もう一人はのちの法政大学教授の大島清)がいて、しばしば間違われた。教授の間では出身地から「北海道大島」「新潟大島」と呼んでいたとのことである[4]

東京教育大学の筑波移転に際しては、所属する文学部が反対を表明していたのに対して、賛成派の代表として活動した(ただし、文部省のとった措置は教育大の廃学と筑波大の新設である。移転問題への学生側の反対運動は激しかった)。1973年、筑波大学開学とともに副学長に就任[3]。筑波大学定年退職後は立正大学を経て、1994年まで帝京大学教授[1]。帝京大学では大学院経済学研究科の開設に尽力した。

略歴

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著作

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単著

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  • 『日本恐慌史論(上)』(東京大学出版会、1952年)
  • 『日本恐慌史論(下)』(東京大学出版会、1955年)
  • 『資本論への道』(東京大学出版会、1968年)
  • 『高橋是清』(中公新書、1969年)
  • 『総説日本経済』(東京大学出版会、1978年)

共著

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  • 『日本における資本主義の発達(上・下・年表)』(東京大学出版会、1951-53年)
  • 『昭和財政史(X・IX・XIII)』(東洋経済新報社、1955年-63年)
  • 『日本資本主義の成立(I・II)』(東京大学出版会、1955-56年)
  • 『日本資本主義の発展(I-III)』(東京大学出版会、1957-59年)
  • 『日本資本主義の没落(I-VIII)』(東京大学出版会、1960-69年)
  • 『経済学(上)』(角川書店、1956年)
  • 『金融論』(東京大学出版会、1960年)
  • 『戦後日本の経済過程』(東京大学出版会、1968年)
  • 『人物・日本資本主義(I-IV)』東京大学出版会(1972年-1978年)

編著

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  • 『世界経済論─世界恐慌を中心として─』(勁草書房、1965年)
  • 『経済学』(東京大学出版会、1966年)
  • 『戦後世界の経済過程』(東京大学出版会、1968年)
  • 『戦後世界の通貨体制』(東京大学出版会、1972年)
  • 『現代世界経済』(東京大学出版会、1987年)

脚注

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 『帝京経済学研究』第28巻第1号(通巻34号)、1994年12月、p.5。
  2. 『経済学』東京大学出版会、1966年4月10日、編者略歴頁。
  3. 1 2 3 4 大塚恒雄「大島清先生のご退職に際しての辞」『帝京経済学研究』第28巻第1号(通巻34号)、1994年12月。
  4. 鎌田正三「回想・畏友 大島清君」『帝京経済学研究』28巻1号3頁(1994年)