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大分県立四日市高等学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大分県立四日市高等学校
地図北緯33度31分44秒 東経131度19分10秒 / 北緯33.52889度 東経131.31944度 / 33.52889; 131.31944座標: 北緯33度31分44秒 東経131度19分10秒 / 北緯33.52889度 東経131.31944度 / 33.52889; 131.31944
過去の名称 宇佐郡実科高等女学校
大分県立四日市高等女学校
大分県立四日市高等学校第一部
大分県立四日市南高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大分県の旗 大分県
校訓 漸進・創造・誠実
設立年月日 1911年明治44年)4月1日
開校記念日 4月18日
閉校年月日 2007年(平成19年)3月31日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 2学期制
(2004年度から閉校まで)
高校コード 44150D
所在地 879-0471
大分県宇佐市大字四日市3315番地
(現宇佐市立西部中学校
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大分県立四日市高等学校(おおいたけんりつ よっかいちこうとうがっこう)は、かつて大分県宇佐市大字四日市にあった公立高等学校

2007年(平成19年)3月末に閉校し、「大分県立宇佐高等学校」に統合された。

軟式野球の強豪校として有名で、2度の全国制覇を果たしている。

概要

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歴史
1911年明治44年)に実科高等女学校として創立。1948年昭和23年)の学制改革により新制高等学校となった。2007年(平成19年)3月に閉校し、96年の歴史に幕を下ろした。
校訓
「漸進・創造・誠実」 
校章
校歌
歌詞は3番まであり、各番の歌詞中に校名の「四日市高等学校」が登場する。
旧校歌 - 作詞は野上彰、作曲は清瀬保二による。歌詞は4番まであり、各番の歌詞中に校名の「四日市高等学校」が登場する。
設置課程・学科・コース
全日制課程 普通科
  • 普通コース
  • 英語コース

沿革

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旧制・高等女学校
  • 1911年(明治44年)
    • 4月1日 -「宇佐郡実科高等女学校」として創立。西本願寺別院総会所を仮校舎とする。入学資格を尋常小学校修了者、修業年限を3年とする。
    • 4月18日 - 開校記念日とする。
    • 9月 - 宇佐郡四日市町大字四日市1236番地(当時の宇佐郡立農学校跡)に移転を完了。
  • 1912年(明治45年)4月 - 宇佐郡に経営が移管される。
  • 1916年大正5年)4月 - 修業年限を3年から4年に、生徒定員を110名から200名に改める。
  • 1921年(大正10年)
    • 2月 - 校舎を改築。
    • 4月 - 高等女学校に組織を変更。
  • 1923年(大正12年)
    • 3月 - 校地を拡張。校舎を増築。
    • 4月1日 - 県立移管により「大分県立四日市高等女学校」に改称。定員400名(8学級)。
  • 1927年昭和2年)4月 - 研究科を設置。
  • 1936年(昭和11年)10月 - 創立25周年記念式典を挙行。記念図書館が完成。
  • 1946年(昭和21年)4月 - 修業年限が5年に改められる(4年で卒業することもできた)。
  • 1947年(昭和22年)4月 - 学制改革(六・三制の実施)により、新制中学校が併設される(以下、併設中学校)。
    • 新入生の募集を停止(新1年生不在)。
    • 高等女学校1・2年修了者を併設中学校2・3年生として収容(経過措置のための中学校で在校生は2・3年生のみ)。
    • 高等女学校3・4年修了者は高等女学校4・5年生として収容(4年で卒業することもできた)。
  • 1948年(昭和23年)3月31日 - 新制高等学校への移行により、高等女学校は廃止される。
新制高等学校
  • 1948年(昭和23年)
    • 4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)により、新制高等学校大分県立四日市高等学校」が発足。
      • 総合制の観点から、3部制をとる。
        • 旧・四日市高等女学校を「第一部」(普通課程)に改組。本部が設置される。
        • 旧・四日市農学校を「第二部」(農業課程)に改組。
        • 旧・四日市農学校安心院分教場を「第三部」(農業課程)に改組。
      • 併設中学校は「大分県立四日市高等学校併設中学校」として継承される。
        • 併設中学校は1946年(昭和21年)高等女学校へ最後に入学した生徒(3年生)のみとなる。
        • 併設中学校修了者を「新制高校1年生」、高等女学校4年修了者を「新制高校2年生」、高等女学校5年修了者を「新制高校3年生」として収容。
    • 6月 - 定時制南院内分校(南院内村立南院内中学校に併設)、定時制麻生分校(麻生村立麻生中学校に併設)。
  • 1950年(昭和25年)
    • 3月 - 最後の卒業生を送り出し、併設中学校を廃止(新制高等学校へ完全移行)。
    • 7月 - 旧寄宿舎跡に普通科教室1棟(6教室)を増築。
    • 12月 - 校舎(図書館、整容室、衛生室)を改築。
  • 1951年(昭和26年)
    • 4月1日 - 高校再編により「大分県立四日市南高等学校」として分離・独立[1]。南院内分校を大分県立安心院高等学校へ移管。麻生分校を四日市北高等学校へ移管。
    • 9月 - 運動場を拡張。
  • 1953年(昭和28年)4月1日 -「大分県立四日市高等学校」(最終名)に改称。
  • 1954年(昭和29年)8月 - 物理化学教室が完成。普通科教室1棟を移築。
  • 1956年(昭和31年)2月 - 生物教室を増築。家庭科教室を増改築。
  • 1962年(昭和37年)1月 - 体育館が完成。創立50周年記念式典を挙行。
  • 1972年(昭和47年)
    • 5月 - 移転先に鉄筋コンクリート造普通教室棟(普通教室12・特別教室6・準備室3)が完成。
    • 11月 - 最終所在地に移転を完了。
  • 1973年(昭和48年)3月 - 鉄筋コンクリート造3階建ての管理棟(17室)が完成。
  • 1975年(昭和50年)9月 - 剣道場が完成。
  • 1976年(昭和51年)
    • 3月 - 前庭・校門・ロータリー・テニスコートが完成。
    • 10月 - 新体育館が完成。
  • 1978年(昭和53年)11月 - 校舎落成式および創立65周年記念式典を挙行。校歌・校旗・校訓を制定。
  • 1979年(昭和54年)3月 - 弓道場および部室が完成。
  • 1980年(昭和55年)1月 - 部室の一部(2室)が完成。
  • 1981年(昭和56年)
    • 3月 - 運動場を整備。プールが完成。運動場に夜間照明施設が設置される。
    • 10月 - 創立70周年記念式典を挙行。記念碑(校訓碑)が同窓会より寄付される。
  • 1985年(昭和60年)3月 - 運動場を整備。
  • 1987年(昭和62年)6月 - 同窓会事業により台の原奨学金制度が発足。
  • 1989年(平成元年)11月 - 体育部室が完成。
  • 1991年(平成3年)
    • 3月 - ブロンズ像「花の影」完成
    • 10月 - 創立80周年記念式典を挙行。「生徒憩いの広場」同窓会からの寄付で整備される。
  • 1992年(平成4年)8月 全国高等学校軟式野球選手権大会で優勝する。
  • 1993年(平成5年)3月 - 全国大会優勝を記念して軟式野球部「雄覇の碑」が野球部後援会から、旧制女学校卓球部「栄光の碑」が同窓会より寄付される。台の原祭(文化祭)を開始。
  • 1994年(平成6年)4月 - 同窓会事業として台の原奨学金および海外研修制度を開始。
  • 1995年(平成7年)4月1日 - 英語コースを設置。
  • 1996年(平成8年)
    • 3月 - 語学実修棟が完成。
    • 4月 - 英語コースの履修(2年生40名)を開始。
  • 1998年(平成10年)9月 - トレーニングセンターが完成。
  • 2001年(平成13年)
    • 3月 - 全国大会準優勝を記念して軟式野球部「栄光の記録」が野球部後援会より寄付される。
    • 10月 - 創立90周年記念式典を挙行。同窓会事業において台の原奨学金および海外研修制度を継続。
  • 2002年(平成14年)
    • 3月 - 運動場を整備。
    • 8月 - 管理棟の大規模改造工事(外壁塗装)が完成。
  • 2003年(平成15年)8月 - 教室棟の大規模改造工事(外壁塗装)が完成。
  • 2004年(平成16年)
    • 4月1日 - 2学期制を開始。
    • 8月 - 全国高等学校軟式野球選手権大会で優勝する。
  • 2005年(平成17年)
    • 3月 - 全国大会優勝を記念し軟式野球部「全国制覇の碑」が野球部後援会より寄付される。
    • 4月 - 生徒募集を停止。
  • 2007年(平成19年)3月31日 - 大分県立宇佐高等学校への統合により閉校。

跡地の利用

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統合後の新高校は旧宇佐高校の敷地に設置されたため、旧四日市高校の校舎・敷地は利用されていない状況であったが、宇佐市が県から譲渡を受け、改装した上で、校舎が老朽化し耐震基準を満たしていない宇佐市立西部中学校が2008年(平成20年)9月に移転した[2]

著名な出身者

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交通アクセス

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最寄りの幹線道路

周辺

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  • 十宝山 大乗院
  • 福円寺
  • 真宗大谷派 四日市別院(東別院)
  • 勝福寺
  • 四日市横穴古墳群 一鬼手支群
  • 四日市横穴古墳群 加賀山支群
  • 小菊の池
  • 小倉池

脚注

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  1. この時、第二部は「大分県立四日市北高等学校」となり、1953年(昭和28年)に「大分県立四日市農業高等学校」、1970年(昭和45年)に「大分県立宇佐農業高等学校」に改称。1993年(平成5年)には工業科(電子機械科)を新設し、「大分県立宇佐産業科学高等学校」に改称した。第三部は「大分県立安心院高等学校」となった。
  2. 遊休施設使い耐震対策 宇佐市など高校跡に中学校 - 西日本新聞 2008年6月14日、2008年6月14日閲覧

関連項目

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