名古屋市立東桜小学校

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名古屋市立東桜小学校
Nagoya City Higashisakura Elementary School 20200801-08.jpg
国公私立の別 公立学校
設置者 名古屋市
共学・別学 男女共学
所在地 461-0005
愛知県名古屋市東区東桜一丁目13番1号

北緯35度10分17.14秒 東経136度54分46.05秒 / 北緯35.1714278度 東経136.9127917度 / 35.1714278; 136.9127917座標: 北緯35度10分17.14秒 東経136度54分46.05秒 / 北緯35.1714278度 東経136.9127917度 / 35.1714278; 136.9127917
外部リンク 公式ウェブサイト(日本語)
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名古屋市立東桜小学校(なごやしりつ ひがしさくらしょうがっこう)は、名古屋市東区東桜一丁目の公立小学校。

歴史[編集]

沿革[編集]

  • 1872年(明治5年) - 第三十義校として発足する[WEB 1]
  • 1876年(明治9年) - 第二十九番小学高岳学校が発足する[WEB 1]
  • 1885年(明治18年) - 第三十義校が東新尋常小学校と校名を改める[WEB 1]
  • 1902年(明治35年) - 第二十九番小学高岳学校が高岳尋常小学校と校名を改める[WEB 1]
  • 1909年(明治42年) - 久屋尋常小学校が発足する[WEB 1]
  • 1932年(昭和7年) - 東新尋常小学校が移転し、現在東桜小学校の校地となっている場所に校地を移す[WEB 1]
  • 1941年(昭和16年) - 高岳・東新・久屋各尋常小学校が、高岳・東新・久屋国民学校とそれぞれ校名を改める[WEB 1]
  • 1945年(昭和20年) - 戦況の悪化により、学童疎開が実施される[WEB 1]。東新国民学校は岐阜県谷汲村、高岳国民学校は愛知県足助町、久屋国民学校は三重県宇治山田市にそれぞれ疎開する[WEB 1]。また、高岳・久屋国民学校については名古屋大空襲により校舎を喪う[WEB 1]
  • 1946年(昭和21年) - 高岳・東新・久屋各国民学校が統合され、名古屋市東桜国民学校となる[WEB 1]
  • 1947年(昭和22年) - 名古屋市東桜国民学校が名古屋市立東桜小学校に校名を改める[WEB 1]
  • 1956年(昭和31年) - 愛唱歌として「ぼくらは太陽」を制定する[WEB 1]
  • 1957年(昭和32年) - 校旗制定[WEB 1]
  • 1965年(昭和40年) - 難聴・言語障害特殊学級を新設する[WEB 1]
  • 1993年(平成5年) - 特殊学級に代わり、通級指導教室を開設[WEB 1]
  • 1997年(平成9年) - 愛唱歌「ぼくらは太陽」を校歌に制定する[WEB 1]

児童数の変遷[編集]

『愛知県小中学校誌』(1998年)によると、児童数の変遷は以下の通りである[1]

1947年(昭和22年) 892人
1957年(昭和32年) 1,262人
1967年(昭和42年) 821人
1977年(昭和52年) 623人
1987年(昭和62年) 435人
1997年(平成9年) 286人

通学区域[編集]

所管する名古屋市教育委員会は、2019年(令和元年)9月1日現在、東区東桜一丁目・東外堀町久屋町の全域および一丁目・泉二丁目・泉三丁目・東桜二丁目の各一部を通学区域として指定している[WEB 2]

また、卒業後の進学先は名古屋市立冨士中学校となっている[WEB 3]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

WEB[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 沿革概要”. 名古屋市立東桜小学校. 2020年8月8日閲覧。
  2. ^ 名古屋市教育委員会事務局総務部教育環境計画室計画係 (2019年9月1日). “名古屋市立小・中学校の通学区域一覧(東区) (PDF)” (日本語). 名古屋市. 2020年8月8日閲覧。
  3. ^ 名古屋市教育委員会事務局総務部教育環境計画室計画係 (2018年4月1日). “名古屋市立中学校区一覧(小→中) (PDF)”. 名古屋市. 2020年8月8日閲覧。

書籍[編集]

参考文献[編集]

  • 『六三制教育五十周年記念愛知県小中学校誌』六三制教育五十周年記念愛知県小中学校誌編集委員会、1998年3月1日。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]