八木岡城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
logo
八木岡城
栃木県
城郭構造 平城
築城主 八木岡高房
築城年 1293年 - 1298年(永仁年間)
主な城主 八木岡氏水谷氏
遺構 土塁、堀
位置
地図
八木岡城の位置(栃木県内)
八木岡城
八木岡城

八木岡城(やぎおかじょう)は栃木県真岡市大字八木岡字東館にあった日本の城

概要[編集]

真岡市の南部八木岡地区に位置する。付近を真岡鐵道真岡線が通過する。

歴史[編集]

永仁年間(1293年 - 1298年)の間に八木岡高房によって築城される。

延元4年(1339年)2月、南朝の武将春日顕時に攻められ一度目の落城。城中の惣領以下は一人残らず殺される[1]。その後春日軍は、益子城上三川城箕輪城飛山城宇都宮城北朝軍を打ち破ったという[1][2]

天文13年(1544年)に、下野への侵攻を企む武将水谷正村を阻止すべく、当時の城主八木岡貞家が彼の軍勢を迎撃するも戦死し二度目の落城。当城は水谷勢に制圧された。

脚注[編集]

  1. ^ a b 松平基則氏旧蔵『結城文書』所収「北畠親房御教書写」
  2. ^ 児玉幸多 監修坪井清足 監修平井聖 編修村井益男 編修 『日本城郭大系 第四巻 茨城 栃木 群馬』 新人物往来社、1979年、249頁。ISBN 4404010117

関連項目[編集]