井戸茶碗

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大井戸茶碗 銘 喜左衛門

井戸茶碗(いどちゃわん)は李朝時代前期に製作された高麗茶碗である。製作地は慶尚南道。儒教が国教であった朝鮮半島では手工業は蔑視され、雑器として全く評価されていなかった当時、日本の茶人に好まれた茶碗で「一井戸 二唐津」と言われた程の名器として日本で日の目を浴びた。そのため、朝鮮半島の製作者らの名は歴史に消えて残っていない[1]

名称の由来は諸説あり定かではない。一説に、文禄・慶長の役の際に井戸覚弘が持ち帰ったともいうが、それ以前から日本に「井戸茶碗」の名称はあった[2]

井戸茶碗の特徴は、枇杷釉竹の節高台かいらぎである。

概要[編集]

井戸茶碗の有名なものに

等がある。

製作地[編集]

井戸茶碗の製作地 : 韓国慶州南道河東郡辰橋面白蓮里井戸郷であることが判明。製作者らの名前は手を動かすこと自体は下層のモノ仕事という李氏朝鮮時代の価値観の元、全く評価されずに歴史に消えた。日本で評価されなかったら、現代に「井戸茶碗」の名すら残らなかったことで韓国人からは李氏朝鮮の文化的教養の無さ・職人蔑視を非難する声がある[1]

2000年、鎮海市で 山口大学農学部 宇都宮宏が井戸茶碗の高台部分を採取

井戸茶碗の成分解析[編集]

山口大学農学部 宇都宮宏による井戸茶碗の成分解析

茨城県工業技術センターによる鮫肌釉の再現

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 「井戸茶碗」p14 申翰均 . 2008 年
  2. ^ 申翰均『井戸茶碗の謎』バジリコ、2008年