丹羽長祥

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丹羽長祥

丹羽 長祥(にわ ながあきら、安永9年10月22日1780年11月18日) - 文化10年8月25日1813年9月19日))は、陸奥二本松藩の第8代藩主。丹羽家第9代。先代藩主・丹羽長貴の長男。母は石川氏県女。通称は鍋太郎。官位は従四位下、左京大夫。正室は有馬頼貴の娘。子は、丹羽長富(長男)。

寛政元年(1789年)4月5日、父長貴の嫡子となる。寛政4年(1792年)9月25日、将軍徳川家斉にお目見えする。同年12月16日、従五位下大炊頭に叙任した。後に加賀守、左京大夫に改めた。寛政8年(1796年)5月13日、父長貴の死去により、家督を相続した。享和2年(1802年)12月18日、従四位下に昇進した。文化10年(1813年)に死去し、家督は長男・長富が継いだ。