丹後平古墳群

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丹後平古墳群(たんごたいこふんぐん)は、青森県八戸市にある7世紀後半から9世紀後半のものと考えられる古墳群。国の史跡

概要[編集]

八戸市から南西に少し離れた標高90~100メートルの尾根に分布している。南側から丹後平三遺跡・丹後平古墳・丹後平一遺跡 があり、群集した円墳群。円墳以外に、周溝を伴わない土坑墓や地下式土坑墓があり、馬の埋葬墓もあった。

およそ100基以上の末期古墳が存在すると思われ、そのうち85基が確認されている。 大きさは、ほとんどが、全長約5メートル程度で、最大のものは15号墳の全長9メートルである。

副葬品では、武器類(直刀・蕨手刀刀子)、装身具類(玉・釧・耳環)などで、周溝からは、土器類(土師器・須恵器)や武器類、生産用具(紡錘車・砥石)、装身具類、和同開珎などがあり、最も多かったのは土器類であった。

出土した土師器須恵器の編年や周辺遺跡の出土品との関係から8世紀初めに中心を持つ古墳群であると考えられ、県下のエミシの族長たちの実態を知りうるものとして注目される。

1999年平成11年)に、国の史跡(指定面積:約7000平方メートル)に指定された。

主な出土品[編集]

  • 15号墳の周溝から朝鮮半島製と思われる金銅製の獅噛式三累環頭大刀把頭(しがみしきさんるいかんとうたちつかがしら)[1]、他に帯金具・蕨手刀・馬具の轡(くつわ)。この柄頭は、発掘当時は内外を通して同類のものはなかったが、その後、韓国全羅南道羅州市の「伏岩里三号墳」の横穴式石室から、丹後平古墳群での出土より数年早くこの大刀が発見されていたことが明らかになった。本古墳群では柄頭だけであるが伏岩三号墳では刀身に着いた状態で出土した。全体の長さは84センチメートル。この韓国の遺跡の築造年代は6世紀後半と推定されている。[2]
  • 丹後平25号墳の周溝から和同開珎(直径2.5センチメートル、708年[和銅元年]鋳造)
  • 直刀、蕨手刀、刀子、玉、釧、耳環、土師器、須恵器、紡錘車、砥石、馬具、

出土品は八戸市博物館に展示。  

所在地[編集]

〒039-1166
青森県八戸市根城字丹後平「八戸ニュータウン」内

アクセス・交通[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 長さ9.7センチメートル、最大幅5.8センチメートル、最大厚み1.8センチメートル、獅子が歯をむき出して大刀の柄に噛みついていて、それをクローバー状に三つの輪が囲むものをいう。獅嚙環頭と三累環頭の組み合わせは国内では外に例がなく貴重なものである。古墳の年代も6世紀前半から中頃と推定される。
  2. ^ 相原精次・三橋浩『東北古墳探訪』彩流社 2009年9月 22-23ページ

関連項目[編集]

出典・参考文献[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯40度28分52.0秒 東経141度28分1.2秒 / 北緯40.481111度 東経141.467000度 / 40.481111; 141.467000