串木野純也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
串木野 純也
基本情報
本名 串木野 光夫[1]
階級 ウェルター級
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1954-04-05) 1954年4月5日(63歳)
出身地 宮崎県東諸県郡
スタイル ボクサーファイター
プロボクシング戦績
総試合数 44
勝ち 29
KO勝ち 24
敗け 15
テンプレートを表示

串木野 純也(くしきの じゅんや、1954年4月5日 - )は、日本の元プロボクサー。本名は、串木野 光夫( - みつお)。宮崎県東諸県郡出身。元日本ウェルター級王者。現役時代は宮崎ボクシングジムを経て進光ボクシングジム所属[1]

右ストレートを武器とするハードパンチャー[2]。13度の防衛戦では12試合にKO勝利を収めた。これには日本王座の最多連続KO防衛記録となる10戦連続KO勝利が含まれる。また、王座獲得前からの通算では12戦連続KO勝利であった。

来歴[編集]

1972年11月29日、プロデビュー戦には3RTKO勝利を収めた。2戦目で判定負けを喫して引退し、自衛隊に入隊。自衛隊体育学校時代の1975年には全日本選手権及び全日本社会人ボクシング選手権大会で3位の成績を残し、翌1976年に再デビューを果たした[1]。6戦目から10回戦を戦い、25戦目まではウェルター級 からミドル級の契約で、日本人選手以外に朱虎、林載根、李萬徳、黄忠載など韓国の世界ランカーとも対戦を重ねた[2]。これらの対戦にはOPBF東洋太平洋ジュニアミドル級、OPBF東洋太平洋ウェルター級、日本ジュニアミドル級の各王座挑戦も含まれるが、いずれも失敗に終わった。

1980年7月1日の21戦目では亀田昭雄の持つ日本ウェルター級王座に挑戦したが、ボディを強打されて8RKO負けを喫し[2]、25戦目を終えての戦績は14勝 (10KO) 11敗 (6KO) というものだった。26戦目となった1981年9月7日、日本ウェルター級タイトルマッチで亀田昭雄に再挑戦。結果は小差判定負けに終わったが、9Rには右フックから左右の追撃で世界挑戦の決まっていた亀田からダウンを奪い、この試合を転機として強打に精神的余裕が生まれ、豊富な練習を重ねて技術を向上させた[2]。同年10月13日、亀田の返上した日本ウェルター級王座をダイナマイト松尾と争った決定戦では判定負けとなったが、翌1982年1月18日の松尾との再戦で9RKO勝利を収めて同王座を獲得した。

1985年6月6日、尾崎富士雄に判定負けを喫して王座を失うまで、3年半近くの在位期間中に10戦連続KO防衛の日本記録、全12KOを含む13度の防衛を果たした。同年8月29日、尾崎からの王座奪取に挑戦したがTKO負けを喫した。眼疾を発症していたため[1]、この試合を最後に現役を引退した。

戦績[編集]

  • アマチュアボクシング:不詳
  • プロボクシング:44戦29勝 (24KO) 15敗 (6KO)
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
7 1977年1月29日 敗北 4R KO 林載根 大韓民国の旗 韓国
10 1977年8月13日 敗北 10R 判定 朱虎 大韓民国の旗 韓国
14 1978年9月2日 敗北 12R 判定 林載根 大韓民国の旗 韓国 OPBF東洋太平洋ジュニアミドル級王座決定戦
17 1979年6月14日 敗北 12R 判定 李萬徳 大韓民国の旗 韓国 OPBF東洋太平洋ウェルター級タイトルマッチ
18 1979年11月9日 敗北 9R KO 黄忠載 大韓民国の旗 韓国
21 1980年7月1日 敗北 8R KO 亀田昭雄 (協栄) 日本の旗 日本 日本ウェルター級タイトルマッチ
24 1981年2月24日 敗北 10R 判定 堀畑道弘 (協栄山神) 日本の旗 日本 日本ジュニアミドル級タイトルマッチ
26 1981年9月7日 敗北 10R 判定 亀田昭雄 (協栄) 日本の旗 日本 日本ウェルター級タイトルマッチ
27 1981年10月13日 敗北 10R 判定 ダイナマイト松尾 (三津山) 日本の旗 日本 日本ウェルター級王座決定戦
28 1981年10月28日 勝利 3R KO 十枝内郁也 (ヨネクラ) 日本の旗 日本 この試合以降、12戦連続KO勝利
29 1982年1月18日 勝利 9R KO ダイナマイト松尾 (三津山) 日本の旗 日本 日本ウェルター級タイトルマッチ
30 1982年4月8日 勝利 1R KO 笹川孝二 (筑豊) 日本の旗 日本 日本王座防衛1
31 1982年6月29日 勝利 4R KO 無限川坂 (上福岡) 日本の旗 日本 日本王座防衛2
32 1982年8月23日 勝利 8R KO ゴルゴ斎藤 (辰東) 日本の旗 日本 日本王座防衛3
33 1982年11月1日 勝利 2R KO 安田一彦 (新日本木村) 日本の旗 日本 日本王座防衛4
34 1983年1月9日 勝利 4R KO 無限川坂 (上福岡) 日本の旗 日本 日本王座防衛5
35 1983年4月18日 勝利 8R KO 興島将二 (塚原) 日本の旗 日本 日本王座防衛6
36 1983年9月8日 勝利 6R KO 桑田修孝 (SB川口) 日本の旗 日本 日本王座防衛7
37 1983年11月29日 勝利 4R KO 福谷康蔵 (ヨネクラ) 日本の旗 日本 日本王座防衛8
38 1984年2月2日 勝利 2R KO ロッキー竹元 (宮崎) 日本の旗 日本 日本王座防衛9
39 1984年3月15日 勝利 2R KO 新山泰次郎 (八戸) 日本の旗 日本 日本王座防衛10
40 1984年5月11日 勝利 10R 判定 興島将二 (塚原) 日本の旗 日本 日本王座防衛11
41 1984年7月30日 勝利 6R KO カーロス・エリオット (八戸) 日本の旗 日本 日本王座防衛12
42 1984年12月4日 勝利 8R KO 桑田修孝 (SB川口) 日本の旗 日本 日本王座防衛13
43 1985年6月6日 敗北 10R 判定 尾崎富士雄 (帝拳) 日本の旗 日本 日本王座陥落
44 1985年8月29日 敗北 8R終了 TKO 尾崎富士雄 (帝拳) 日本の旗 日本 日本ウェルター級タイトルマッチ
テンプレート

獲得タイトル[編集]

  • 第29代日本ウェルター級王座(13度防衛)
受賞歴

参考文献[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d ボクシング・マガジン編集部編 『日本プロボクシングチャンピオン大鑑』 ベースボール・マガジン社、2004年3月1日 ISBN 4-583-03784-8、342頁。
  2. ^ a b c d 増田茂 「浪速の倒し屋 串木野純也」『ワールド・ボクシング』7月号増刊、日本スポーツ出版社、1993年7月31日 共通雑誌コードT1009804071109 雑誌09804-7、146頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

空位
前タイトル保持者
ダイナマイト松尾
第29代日本ウェルター級王者

1982年1月18日 - 1985年6月6日

次王者
尾崎富士雄