中村正雄 (陸軍中将)

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中村 正雄
生誕 1892年5月15日
日本の旗 日本 石川県
死没 (1939-12-25) 1939年12月25日(47歳没)
所属組織 日本陸軍
軍歴 1913 - 1939
最終階級 陸軍中将
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中村 正雄(なかむら まさお、1892年5月15日 - 1939年12月25日)は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍中将

経歴[編集]

石川県出身。中村三雄の息子として生まれる。金沢第一中学校名古屋陸軍地方幼年学校中央幼年学校を経て、1913年5月、陸軍士官学校(25期)を卒業、同年12月、歩兵少尉に任官し歩兵第35連隊付となる。1920年11月、陸軍大学校(32期)を卒業。

参謀本部付勤務、参謀本部員、フランス大使館武官補佐官、陸大教官、参謀本部員、歩兵第18連隊大隊長、陸軍歩兵学校教官、イタリア大使館付武官、参謀本部員兼軍令部部員、第12師団参謀長、参謀本部通信課長などを歴任し、1939年3月、陸軍少将に進級。

歩兵第21旅団長として日中戦争に従軍。1939年11月、南寧攻略作戦に参加。月末に南寧占領を果たしたが、中華民国軍の攻撃を受け激戦となり戦死した(崑崙関の戦い)。死後、陸軍中将に特進した。

栄典[編集]

親族[編集]

  • 義父 藤室松次郎(陸軍大佐

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第3692号「叙任及辞令」1895年10月18日。
  2. ^ 『官報』第4625号「叙任及辞令」1898年11月29日。
  3. ^ 『官報』号外「叙任及辞令」1906年12月30日。
  4. ^ 『官報』第7157号「叙任及辞令」1907年5月11日。

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。