中村彌之祐

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中村 彌之祐(なかむら やのすけ、1871年明治4年) - 没年不明)は、日本実業家。中村組社長[注 1][2]。不二商会、姫路電気化学工業、姫路水力電気、紅屋コークス、幡美鉄道、関西土木電気興業各取締役[3][4]。姫路商業銀行、神戸布引土地、姫路水力電気各監査役[4]。族籍は兵庫県平民[3]

人物[編集]

島根県人・三上新市郎の弟[3]。先代祐七の養子となり1915年家督を相続する[2]。会社重役である[3]

家族・親族[編集]

中村家

兵庫県姫路市龍野町1丁目[5]

  • 養父・祐七(兵庫県平民、中村組合資会社業務執行社員、姫路水力電気相談役[6][7]
石見国邑智郡口羽村の人[6]。島根県平民・中村彌三八の二男[7]1882年、分家して一家を創立する[7]。1915年6月10日、死去[6]。年71[6]
  • 養妹・みつ(兵庫、牛尾梅吉の長男健治の妻)[4]
1902年 -
  • 妻・榮枝(兵庫、波多野鋮之助の長女)[3]
1884年 -
1906年 -
中村組代表[1]、山陽商事取締役などをつとめた[8]
  • 長女・辰子鹿児島、屋代熊太郎の長男弘孝の妻)[2]
1904年 -
1909年 -
1912年 -
1914年 -
1917年 -
1920年 -
親戚
  • 牛尾梅吉(政治家、実業家) - 牛尾合資会社代表社員。養妹・みつの夫の父。
  • 牛尾健治(実業家) - 牛尾合資会社代表社員。養妹・みつの夫。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 株式会社中村組(1920年9月設立)の主な業務は、土木建築請負[1]。出資額又は資本金は500000円[1]

出典[編集]

  1. ^ a b c 『兵庫県会社一覧 昭和13年12月末日現在』112頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年8月11日閲覧。
  2. ^ a b c d 『人事興信録 第9版』ナ95頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年8月11日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j 『人事興信録 第6版』な43頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年8月11日閲覧。
  4. ^ a b c 『人事興信録 第8版』ナ102頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年8月11日閲覧。
  5. ^ a b 『姫路飾磨神崎紳士大鑑』54-55頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年6月9日閲覧。
  6. ^ a b c d 『姫路市史 市制施行三十年記念』267頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年8月11日閲覧。
  7. ^ a b c 『人事興信録 第4版』な42頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年8月11日閲覧。
  8. ^ 『日本紳士録 第44版』兵庫ナの部98頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年12月15日閲覧。

参考文献[編集]

  • 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
  • 播磨史談会編『姫路市史 市制施行三十年記念』姫路市、1919年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第6版』人事興信所、1921年。
  • 『姫路飾磨神崎紳士大鑑』姫路興信所、1924年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
  • 兵庫県総務部調査課編『兵庫県会社一覧 昭和13年12月末日現在』兵庫県総務部調査課、1936-1939年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第44版』交詢社、1940年。