一方井城

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一方井城(いっかたいじょう)は、岩手県岩手郡岩手町に所在した日本の城。別称 輪台城。

築城年代は不明。一方井集落の北西にある丘陵の突端部に位置し[1]、北に空堀、東には一方井川が巡り、内部は三郭より構成された。

歴史[編集]

南北朝から見られる地名。陸奥国岩手郡一方井郷。南部氏の記録には天文年間(153255年)から記されている一方井氏の本拠地で、安倍貞任の庶流で、秋田安東氏の安東太郎盛季の孫が秋田から来住したものが始祖となり。支族には米内氏があり、郡の米内郷を領して氏としている。
南部信直は、糠部左衛門尉高信の子として、天文15年(1546年)3月に一方井城において誕生し、この地で13歳まで生長し、のちに高信に引き取られ、三戸郡田子館において成人したというのが通説である。

天正20年(1592年)、「諸城破却令」には「一方井 山城 破 阿保孫三郎 持分」とあり破却された。

脚注[編集]

参考資料[編集]

  • 『岩手県史 第3巻 中世篇 下』 岩手県、1961年10月20日
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 『角川日本地名大辞典 3 岩手県』 角川書店1985年3月8日ISBN 4-040-01030-2
  • (有)平凡社地方資料センター 『日本歴史地名大系 第3巻 岩手県の地名』 平凡社1990年7月13日ISBN 4-582-91022-X
  • 児玉 幸阿・坪井 清足 『日本城郭大系 第2巻 青森・岩手・秋田』 新人物往来社1980年7月15日

関連項目[編集]