ヴワディスワフ3世ラスコノギ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ヴワディスワフ3世
Władysław III
ポーランド大公
Wladyslaw III Laskonogi.jpg
在位 1202年 - 1206年1227年 - 1229年

出生 1165年?
死去 1231年11月3日
配偶者 ルシア
家名 ヴィエルコポルスカ・ピャスト家
王朝 ピャスト朝
父親 ミェシュコ3世
母親 エヴドキヤ・イジャスラヴナ
テンプレートを表示

ヴワディスワフ3世ラスコノギWładysław III Laskonogi, 1165年? - 1231年11月3日)は、ポーランド大公(在位:1202年 - 1206年1227年 - 1229年)及びヴィエルコポルスカ公。ミェシュコ3世と2度目の妃でキエフ大公イジャスラフ2世の娘エウドクシアの子でポズナン公オドンの異母弟。細足公(Laskonogi)と呼ばれる。

生涯[編集]

1194年に異母兄オドンが没し、甥のヴワディスワフ・オドニツが幼いままヴィエルコポルスカを相続、ヴワディスワフ3世はオドニツの後見人としてヴィエルコポルスカの摂政となった。翌1195年に同母兄ボレスワフも死去、1202年に父が亡くなった後はポーランド大公位を受け継いだ。

ところが、カリシュ公国を巡る問題でオドニツと衝突、1206年にオドニツを追放したが、同年に従弟のレシェク1世にポーランド大公位を奪われた。オドニツとは一旦和解したが、1218年に再度追放、グダニスクシフィエントペウク2世の元へ亡命した。1227年にレシェク1世が暗殺されるとポーランド大公に復位したが、1229年にレシェク1世の弟コンラト1世に廃位され、オドニツにヴィエルコポルスカも奪われ追放、1231年に没した。

1186年頃にリューゲン侯ヤロミール1世の娘ルシアと結婚したが、子供は無かった。

注釈・出典[編集]

先代:
ミェシュコ3世
ポーランド大公
1202年 - 1206年
次代:
レシェク1世
先代:
レシェク1世
ポーランド大公
1227年 - 1229年
次代:
コンラト1世