レイ・ブラウン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Ray Brown
Milt Jackson and Ray Brown, New York, between 1946 and 1948 (William P. Gottlieb 04461).jpg
ミルト・ジャクソン(右)とレイ・ブラウン
基本情報
出生名 Raymond Matthew Brown
出生 1926年10月13日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ペンシルベニア州ピッツバーグ
死没 2002年7月2日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国インディアナ州インディアナポリス
ジャンル ジャズ
職業 ベーシスト
担当楽器 ベース
レーベル ヴァーヴパブロコンコードテラーク
共同作業者 オスカー・ピーターソン・トリオ、スーパー・ベース

レイ・ブラウン(Ray Brown、1926年10月13日 - 2002年7月2日)はアメリカ合衆国ペンシルベニア州ピッツバーグ生まれのベース奏者であり、スウィング期、ビバップ期のジャズミュージシャン

来歴[編集]

1946年にニューヨークに移り、ディジー・ガレスピーのバンドに加入。同年には、初のリーダー・アルバムを発表。

1947年に著名なボーカリストであったエラ・フィッツジェラルドと結婚。エラの義理の姉妹の子を養子に、レイ・ブラウン・Jrと名付け養育したが 1952年に離婚。

モダン・ジャズ・カルテット(Modern Jazz Quartet 1952)の録音、オスカー・ピーターソン・トリオでの活躍、ソニー・ロリンズウェイ・アウト・ウエスト』への参加、デューク・エリントンとの共演など、その的確な演奏は多くの人に親しまれた。また、リーダー・アルバムも数多く発表しており、エルビン・ジョーンズと共演した『サムシング・フォー・レスター』(1977年)などが知られる。

1990年代後半には、複数のベーシストが共演する異色のバンド、スーパー・ベースを結成。クリスチャン・マクブライドと、ブラウンの弟子であるジョン・クレイトンを加えたベース3本の迫力ある演奏が話題となった。

2002年7月公演に出かけていたインディアナポリスのホテルで死去。75歳。

今も多くのベーシストの尊敬を集める巨人である。最晩年までゲイリー・カー弓弾きの手ほどきを受けるなど、精力的な音楽家であった。