ルビク・エルネー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
Flag of Hungary.svg この項目では、ハンガリー語圏の慣習に従い、名前を姓名順で表記していますが、印欧語族風にエルネー・ルビクと表記することもあります。
ルビク・エルネー
Rubik Ernő
Erno Rubik Genius Gala 2014.jpg
ルビク・エルネー(2014年撮影)
生誕 (1944-07-13) 1944年7月13日(76歳)
ハンガリー王国ブダペスト

ルビク・エルネーRubik Ernő [ˈrubikˌɛrnøː], 1944年7月13日 - )は、ハンガリー発明家彫刻家建築家。彼の名を冠したルービック・キューブを初めとする立体パズルの発明で世界的に知られている[1][2][3][4][5][6][7][8][9][10]

名前の表記について[編集]

日本では、ルビク・エルネーというカタカナ表記が昭和時代に定着してしまっているが[要出典]、実際にはルビク・エルヌーエルノー・ルービックなどのカタカナ表記も混在する。ハンガリー語でのőの発音は、「ウ」の口をして「オ」と発音すると表現されることもある円唇前舌半狭母音の長母音である。よって、他のハンガリー語の単語のカタカナ表記の例を踏襲すると、「エルヌー」と表記できる。少なくとも「エルネー」とカタカナ表記するのは、ハンガリー語での発音との差が大きい。

来歴[編集]

1944年7月13日、ルビクは戦時下のハンガリーのブダペストで、航空エンジニアの父と詩人の母の間に生まれた。1967年ブダペスト工科大学を卒業し、建築学の学位を得た。その後、院生として彫刻と屋内建築について研究している。1971年から75年にかけて建築家として働き、その後、学究生活に戻ってブダペスト応用美術大学英語版の教授となった。

1974年にルービックキューブを考案した。1977年にハンガリーで「マジックキューブ」という名称で販売を開始したが特に売れるような事は無かった。1980年にアメリカの玩具会社が販売許諾を受けて「ルービックキューブ」として売り出したところ、世界中で流行する。以降は流行り廃りもありながら世界中で4億5千万個以上売れ続けている。彼自身は1分ほどで揃えられる[11]

1980年代の初頭に、“...És játék”(「...とゲーム」という意)という名のゲームとパズルに関する専門誌の編集者となった。1983年には、経営者として家具とゲームの設計を行う“ルービック・スタジオ”を設立した。1987年に教授として終身在職権を獲得し、1990年にはハンガリー工学アカデミー(Magyar Mérnöki Akadémia)の総長の座に就く。総長としては、国際ルービック財団を設立し、特に才能のある若手のエンジニアや工業デザイナーを支援に乗り出している。

現在は主にビデオゲームの開発と建築学の課題に取り組んでいるという。その傍ら、ルービック・スタジオの経営やルービック360など新しいパズルの作成も平行して続けている。初来日の際に当時日本で放送開始された『超時空要塞マクロス』に登場するVF-1 バルキリーのタカトクトイス製の変形アイテムの戦闘機形態から格闘形態への変形に河森正治付き添いの下で挑み、脚部以降の変形が出来ずに頓挫したことがある。

2017年、「Rubik Speedsolving Association」を立ち上げ、2018年に「レッドブル・ルービック・キューブ世界選手権」を開催した[12][13][14]

2020年、ルービックキューブ発売40周年記念で『Cubed: The Puzzle of Us All』を出版した[15][16]

受賞歴[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

外部リンク[編集]