ルキウス・リキニウス・クラッスス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

ルキウス・リキニウス・クラッススラテン語: Lucius Licinius Crassus, 紀元前140年 - 紀元前91年)は、共和政ローマの政治家、元老院議員。彼の時代においてローマで最高の弁論家として知られていた。

紀元前95年執政官に選ばれるが、任期中にローマ市民権を持たない人間に対してローマから退去する法案が可決され、同盟市戦争の勃発となった。執政官クィントゥス・ムキウス・スカエウォラの娘ムキアとの間に娘が2人生まれ、1人は最高神祇官クィントゥス・カエキリウス・メテッルス・ピウスに、もう1人は法務官プブリウス・コルネリウス・スキピオ・ナシカに嫁ぎ、クィントゥス・カエキリウス・メテッルス・ピウス・スキピオ・ナシカを産んだ。