ライブドア (インターネットサービスプロバイダ)

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ライブドア (1999-2002)から転送)
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株式会社ライブドア
livedoor, Inc.
種類 株式会社
本店所在地 日本の旗 日本
107-0062
東京都港区南青山5-9-19 MAR'S 南青山ビル 6F
設立 1999年8月12日
業種 情報・通信業
事業内容 インターネット接続サービス及び関連サービス事業
代表者 前刀禎明(代表取締役社長兼CEO)
資本金 3,800,608,979円(2002年4月1日現在)
従業員数 35名(2002年10月31日現在)
関係する人物 堀江貴文(オン・ザ・エッヂ〈当時〉社長)
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株式会社ライブドア(livedoor, Inc.)は、かつて無料でISPサービスを提供していた日本企業

概要[編集]

インターネットの接続無料という画期的なスタイルから、順調に会員数を増やし、TVCMではヒロミ神田うの泉谷しげる柏原崇鈴木紗理奈等を起用した。

目標であった会員数100万人を大きく上回ったものの、黒字化へは結びつかず、またブロードバンド定額化の波に対応出来なかった事も要因となり、2002年民事再生法を申請した。

無料ISP事業、ISPブランド名及びサービスをオン・ザ・エッヂへ譲渡した(その後オン・ザ・エッヂはエッジを経てライブドアへ商号を変更)。オン・ザ・エッヂへの事業譲渡後、ライブドアは「株式会社ヴ・ナロード」へ商号を変更、2003年7月に民事再生手続が終結した。しばらく休眠状態で登記上は存在していたが、その後正式に解散した。

無料プロバイダ[編集]

一般的なISP事業においては、事業運営に必要なコストを会員からの月会費および接続料によって賄っているが、ライブドアの行った無料サービスでは、当初は「常時バナー広告が表示される専用のウェブブラウザを使ってもらうことで、民放のように広告料によって賄おう」というビジネスモデルを採用していた。他のISPと違い、専用ブラウザ以外によるダイヤルアップ接続はできなかった。ただこのビジネスモデルはライブドアが初めてではなく、すでにアメリカではPC端末も含めて無料というサービスが普及していた。国内でもライブドアに先んじてハイパーネットがほぼ同じビジネスモデルでISPを展開し、2000年6月にはZERO (インターネットサービスプロバイダ)が「Internet Free Access ZERO」として参入し、同年12月頃にテレビCMを大量出稿していた。

この方式では、HTML4.0以降への対応や各種プラグインの利用などについては、ソフトのバージョンアップを自社で行わなければならない、対応OSが限定されるほか新しいOSが発売された場合に対応が遅くなるといった欠点があった。

このため、後に専用ブラウザ方式を放棄し、ダイヤルアップ接続のためにNTT以外の電気通信事業者の電話回線(中継電話及び直収電話)を利用し、ダイヤルアップ接続から発生する通話料の一部を電気通信事業者からキックバックしてもらうことでコストを賄うというビジネスモデルに移行することになる。電話回線を提供する事業者にとっても、ユーザがダイヤルアップ接続することにより発生する通話料の一部をアクセスチャージとしてNTTから受け取れるので、長時間の通話が発生しやすいISPに対する電話回線の提供は旨味が大きく、キックバック分を差し引いても十分商売になるという目論見があった。しかしこのビジネスモデルは、2001年頃より普及し始めたADSL等による「いわゆるブロードバンド接続」に対応できないという問題が発生することとなり、結局一時的にしかうまく行かなかった。

沿革[編集]